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ただの悪役令嬢"声優"は静かに暮らしたい ― 超有能な勘違い弟子令嬢から溺愛されて逃げられません ―  作者: 荒瀬 維人
第6章:公務・式典・称賛という名の牢獄

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第2節:しのぶ、本気で逃亡を考える

(ルーク視点)



深夜。



僕は――



また、眠れなかった。



(師匠……)



あれから、何日も経った。



だが――



師匠の様子は、変わらない。



いや――



悪くなっている。



「……」



僕は、廊下を歩いた。



水でも飲もうと、厨房に向かう。





その時――



書斎の扉が――



薄く、開いていた。



「……?」



僕は、不思議に思った。



(この時間に……誰?)



そっと、覗き込む。



そして――



固まった。





書斎には――



師匠がいた。



机の上に――



大きな地図を、広げている。



「……」



師匠は、地図を――



じっと、見つめていた。



その表情は――



いつもの優雅さとは――



全く違った。



疲れ切って、絶望している顔。



「師匠……」



僕は、息を呑んだ。





師匠が――



地図に、指を置く。



王都ルミナスから――



遠く離れた場所。



「ここ……は」



師匠が、小さく呟く。



「人が、少ない……」



「……」



僕は、聞き耳を立てる。



「でも、冬が厳しい……」



師匠が、別の場所を指す。



「ここは……」



「いや、街道が整備されてる……」



「すぐに、見つかる……」



「……」



僕は、理解した。



(師匠……逃げようとしてる……?)





師匠が、また――



別の場所を指す。



「ここなら……」



「森が深い……」



「人目につかない……」



だが――



すぐに、首を横に振った。



「でも、魔獣が多い……」



「一人では……」



師匠の声が――



震えている。



「……無理、か」



「……」



僕は、胸が痛くなった。



(師匠……本気で、逃げたいんだ)





師匠が、地図から手を離す。



そして――



椅子に、深く座り込んだ。



「……どこにも、行けない」



師匠が、呟く。



「どこに行っても――」



「すぐに、見つかる」



「……」



師匠が、顔を両手で覆った。



「私は……」



「もう、自由じゃない……」





その声は――



震えていた。



泣いているのか――



怒っているのか――



分からない。



だが――



確かなのは――



師匠が、苦しんでいるということ。



「……」



僕は、何も言えなかった。



ただ――



その姿を、見つめることしか――



できなかった。





*  *  *





しばらくして――



師匠が、立ち上がった。



地図を、畳む。



そして――



本棚に、戻す。



「……」



師匠が、窓の外を見つめる。



夜の王都。



無数の灯りが、輝いている。



「綺麗ね……」



師匠が、呟く。



「でも――」



「この光、全部が……牢獄」



「……」



僕は、息を呑んだ。



(牢獄……)



師匠にとって――



この王都は、牢獄なのか。



みんなが憧れる――



聖王都ルミナス。



それが――



師匠には、牢獄に見えている。





師匠が、窓に手を置く。



「私は――」



「ただ、静かに暮らしたかっただけなのに……」



その声は――



小さくて、弱々しくて――



いつもの師匠とは――



全く違った。



「なんで……」



師匠が、呟く。



「なんで、こんなことに……」





そして――



小さく、笑った。



「おかしいわね……」



「私、何も悪いことしてないのに……」



「なんで、こんなに……苦しいの……」



「……」



僕は、涙が出そうになった。



(師匠……)





その時――



師匠が、振り向いた。



「……!」



僕は、慌てて――



隠れようとした。



だが――



遅かった。



「ルーク?」



師匠の声が、聞こえる。



「……」



僕は、観念した。



扉を、開ける。



「す、すみません……」



「盗み聞き、するつもりじゃ……」



「いいのよ」



師匠が、微笑む。



「……」



だが――



その笑顔は――



いつもの優雅な笑顔だった。



また、演技に戻っている。



「ルーク、眠れないの?」



「あ、はい……」



僕は、頷く。



「水を、飲みに……」



「そう」



師匠が、椅子を指す。



「座りなさい」



「あ、ありがとうございます……」



僕は、椅子に座った。





*  *  *





沈黙が、流れる。



師匠は――



何も言わない。



僕も――



何を言えばいいか、分からない。



「……」



ただ――



時計の音だけが、聞こえる。



カチカチカチ……





「ルーク」



師匠が、口を開いた。



「はい」



「さっき――」



師匠が、僕を見る。



「どこまで、聞いてた?」



「……」



僕は、迷った。



嘘をつくべきか――



正直に答えるべきか――



「全部、です」



僕は、正直に答えた。



「……そう」



師匠が、小さく笑う。



「やっぱり、ね」



「……」



「恥ずかしいところ、見られちゃったわね」



師匠が、窓の外を見る。



「師匠……」



「ルーク」



師匠が、僕を見た。



「あなた、どう思う?」



「え……」



「私が――」



師匠が、真剣な表情で訊ねる。



「逃げたいって思ってること」



「……」



僕は、答えに詰まった。





どう答えればいいんだろう。



「師匠を止めるべきだ」と言うべきか。



「逃げてください」と言うべきか。



だが――



僕の口から出たのは――



「……当然だと、思います」



という言葉だった。



「当然……?」



師匠が、不思議そうに訊ねる。



「はい」



僕は、頷く。



「だって――」



僕は、続ける。



「師匠、毎日……苦しそうですから」



「……」



師匠が、黙り込む。



「会議も、式典も、表彰も――」



僕は、言葉を探す。



「全部、師匠の意思じゃない」



「師匠は、ただ――」



「静かに暮らしたかっただけ」



「……」



師匠の目が、少し――



潤んだ。



「ルーク……」



「だから」



僕は、真剣に言った。



「逃げたいって思うの、当然だと思います」



「……」



師匠が、小さく笑った。



「ありがとう」



その笑顔は――



いつもの演技とは――



違った。



本物の笑顔だった。





*  *  *





「でも、ね」



師匠が、呟く。



「私、逃げられないの」



「……どうしてですか?」



僕が、訊ねる。



「だって――」



師匠が、窓の外を見る。



「あの子たちが、追いかけてくるもの」



「あの子たち……」



「リザ、マンディ、セラ」



師匠が、数える。



「それに、ギルドも、王国も、教会も――」



「みんな、私を放っておかない」



「……」



僕は、黙り込んだ。



(確かに……)



師匠が逃げたら――



みんな、必死で探すだろう。



王国を挙げて――



捜索するかもしれない。



「それに」



師匠が、続ける。



「私が逃げたら――」



「あの子たち、傷つくわ」



「傷つく……」



「ええ」



師匠が、頷く。



「あの子たちは、本気で――」



「私を、慕ってくれてるから」



「……」



師匠が、小さく笑う。



「だから、逃げられない」



「逃げたくても――」



「逃げられないのよ」





その声は――



諦めに満ちていた。



「……」



僕は、何も言えなかった。



(師匠……)





「ルーク」



師匠が、僕を見る。



「一つ、お願いがあるの」



「はい」



「今日のこと――」



師匠が、真剣な表情で言う。



「誰にも、言わないで」



「……」



「特に――」



師匠が、続ける。



「リザたちには、絶対に」



「……分かりました」



僕は、頷いた。



「ありがとう」



師匠が、微笑む。



「あなたは、優しいわね」



「いえ……」



僕は、首を横に振る。



「僕、何もできてないです」



「そんなことないわ」



師匠が、優しく言う。



「あなたが、話を聞いてくれただけで――」



「少し、楽になったもの」



「師匠……」



「じゃあ」



師匠が、立ち上がる。



「そろそろ、戻りましょう」



「明日も、早いから」



「あ、はい……」



僕も、立ち上がった。





*  *  *





書斎を出る。



廊下を、並んで歩く。



「おやすみなさい、ルーク」



「おやすみなさい、師匠」





師匠が、自室に入る。



扉が、閉まる。



「……」



僕は、その場に――



しばらく、立ち尽くしていた。



(師匠……)



逃げたいけど、逃げられない。



苦しいけど、誰にも言えない。



助けてほしいけど、頼れない。



それが――



師匠の、現実。



「……」



僕は、拳を握った。



(何か……できることは……)



だが――



答えは、出なかった。





僕は、自室に戻る。



ベッドに、横になる。



だが――



眠れなかった。



師匠の声が――



頭の中で、繰り返される。



「私は、もう、自由じゃない」



「どこにも、行けない」



「逃げたくても、逃げられない」



「……」



僕は、天井を見つめた。



(師匠を、助けたい)



(でも、どうすれば……)





そして――



僕は、決めた。



(せめて――)



(師匠の味方に、なろう)



それだけは――



できるはずだ。





*  *  *





翌朝。



食堂で、師匠は――



いつも通り、優雅だった。



「おはよう、みんな」



「おはようございます、師匠!」



リザたちが、元気よく答える。



「今日の予定ですが――」



リザが、書類を開く。



「午前中、王宮での式典」



「午後、ギルド本部での表彰式」



「夕方、教会での祈祷会」



「……」



師匠の笑顔が――



一瞬だけ――



揺れた。



だが――



すぐに、元に戻る。



「分かったわ」



師匠が、優雅に頷く。



「準備しましょう」



「はい!」





僕は――



その様子を、黙って見ていた。



(師匠……)



あなたは、今日も――



笑顔を、演じ続ける。



苦しみを、隠し続ける。



自由を、諦め続ける。



「……」



僕は、小さく呟いた。



(せめて、僕だけは――)



(師匠の本当の気持ちを、忘れない)





そして――



僕は、決意した。



いつか――



必ず――



師匠を、自由にしてあげる。



その方法は――



まだ、分からない。



だが――



必ず、見つける。





――第6章第2節、完。



深夜の書斎。



師匠は、地図を広げていた。



逃亡を、本気で考えていた。



だが――



どこにも、行けない。



逃げたくても、逃げられない。



弟子たちを、傷つけたくないから。



ルークは、それを目撃した。



そして――



決意した。



いつか、師匠を自由にする。



だが――



その方法は、まだ――



誰にも、分からない。



師匠の苦しみは――



深まるばかりだった。

最後までありがとうございました!


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それでは次回の更新をお楽しみに

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