第1節:貴族の宴、振る舞いが"聖女ムーブ"
(しのぶ視点)
王国公式クランに認定されてから、二週間が経った。
私の生活は――
完全に変わった。
毎日、会議。
毎日、式典。
毎日、表彰。
「……もう、嫌だ」
私は、控室で呟いた。
今日は――
王国貴族院主催の晩餐会。
公式クランとして、招待された。
「師匠、準備はよろしいですか?」
リザが、扉をノックする。
「……ええ」
私は、ため息をつく。
そして――
鏡を見た。
白いドレス。
金の刺繍。
ティアラ。
完全に、聖女の格好だ。
「……はぁ」
深いため息が、出た。
* * *
王宮の大広間。
シャンデリアが、煌びやかに輝いている。
貴族たちが、華やかな衣装で集まっている。
「すごい……」
ルークが、目を輝かせる。
「これが、貴族の晩餐会……」
「ルーク」
セラが、小声で注意する。
「あまり、キョロキョロしないように」
「あ、はい……」
ルークが、慌てて姿勢を正す。
「それでは――」
司会が、声を上げた。
「本日の主賓――」
「王国公式クラン《黒薔薇の園》クランマスター――」
「シルヴィア・ド・ノワール様の、ご入場です」
音楽が、流れ始めた。
私は――
優雅に、歩き始める。
(演技、演技……)
私は、心の中で呟く。
(笑顔を作って、優雅に歩く)
(ただの声優、ただの演技……)
大広間の中央に、立つ。
貴族たちの視線が、一斉に集まる。
「……」
私は、微笑んだ。
優雅に、一礼する。
「本日は、お招きいただき――」
「ありがとうございます」
その瞬間――
会場が、どよめいた。
「なんと、気品のある……」
「まさに、聖女様……」
「声までも、美しい……」
(え……)
私は、困惑した。
(普通に挨拶しただけなのに……)
「シルヴィア様、こちらへ」
侍従が、上座に案内する。
「……はい」
私は、席に着いた。
その瞬間――
また、どよめきが起きた。
「座る姿まで、優雅……」
「流石、聖典の化身……」
「……」
私は、内心で叫んだ。
(座っただけよ! ただ座っただけ!)
* * *
晩餐会が、始まった。
料理が、次々と運ばれてくる。
「すごい……」
ルークが、小声で呟く。
「こんな豪華な料理、初めて見た……」
「静かに」
セラが、たしなめる。
私は――
料理に、手を伸ばした。
フォークを持つ。
ナイフで、切り分ける。
口に運ぶ。
ただ、それだけ。
普通に、食べているだけ。
だが――
周囲の貴族たちが――
**じっと、見ている。**
「……」
(な、何……?)
私は、不安になった。
(普通に、食べてるだけなのに……)
「見ましたか」
誰かが、囁く。
「あのフォークの持ち方……」
「完璧ですわ……」
「ナイフの角度まで、美しい……」
「……」
私は、固まった。
(食べ方まで、監視されてる……!)
そして――
私が、グラスに手を伸ばした時。
「あ……」
誰かが、息を呑んだ。
「グラスを持つ手……」
「指の角度が、完璧……」
「まるで、舞うよう……」
「……」
私の手が、震えた。
(もう、無理……)
だが――
止まるわけにはいかない。
私は、グラスを持ち上げる。
唇に、運ぶ。
一口、飲む。
グラスを、下ろす。
「……」
会場が、静まり返った。
そして――
誰かが、拍手した。
パチパチパチ……
「素晴らしい……」
「完璧なマナー……」
「これが、聖女の振る舞い……」
拍手が、広がっていく。
「……」
私は、絶望した。
(飲んだだけよ! ただ水を飲んだだけ!)
* * *
晩餐が終わり――
社交の時間になった。
貴族たちが、私に近づいてくる。
「シルヴィア様」
中年の貴族が、深々と頭を下げる。
「お話しできて、光栄です」
「いえ、こちらこそ」
私は、優雅に微笑む。
(早く終わって……)
「シルヴィア様は――」
貴族が、訊ねる。
「どのようにして、あのような気品を身につけられたのですか?」
「え……」
私は、困惑した。
「気品、ですか?」
「はい」
貴族が、真剣な表情で言う。
「あの完璧なマナー、振る舞い――」
「一朝一夕で身につくものではありません」
「……」
(ただの、声優の演技なのに……)
私は、内心で呟く。
だが――
それは、言えない。
「特別なことは、していませんわ」
私は、優雅に答える。
「ただ、自然に――」
「自然に……!」
貴族が、感動した様子で言う。
「やはり、生まれながらの気品……」
「いえ、そういうわけでは……」
「素晴らしい……」
貴族が、深々と頭を下げる。
「ありがとうございました」
そして――
貴族は、去っていった。
「……」
私は、ため息をついた。
(何を、ありがとうされたの……?)
その時――
別の貴族が、近づいてきた。
「シルヴィア様」
若い女性貴族だ。
「あの……一つ、お伺いしてもよろしいですか?」
「ええ」
私は、微笑む。
「どうぞ」
「シルヴィア様は――」
女性が、恥ずかしそうに訊ねる。
「どうすれば、そのような……美しい笑顔を、作れるのですか?」
「笑顔……?」
「はい」
女性が、頷く。
「あの、優雅で、温かくて――」
「まるで、聖女様のような笑顔……」
「……」
私は、困惑した。
(これ、ただの営業スマイルなんだけど……)
声優時代――
イベントで、何百回も作った笑顔。
それが――
「聖女の笑顔」として、崇められている。
「特別なことは、ありませんわ」
私は、優雅に答える。
「ただ、心から――」
「心から……」
女性が、目を輝かせる。
「そうですわね、やはり心が大切……」
「ありがとうございます、シルヴィア様!」
女性が、深々とお辞儀をする。
そして――
去っていった。
「……」
私は、小さく呟いた。
「何も、教えてないのに……」
* * *
それから――
次々と、貴族たちが話しかけてきた。
マナーについて。
振る舞いについて。
気品について。
笑顔について。
すべて――
私の"演技"を、本物だと思っている。
「……」
私は、疲れた。
(もう、限界……)
だが――
止まるわけにはいかない。
私は、微笑み続ける。
優雅に、答え続ける。
そして――
ついに、晩餐会が終わった。
「本日は、ありがとうございました」
私は、優雅に一礼する。
「お気をつけて、お帰りくださいませ」
その瞬間――
会場全体が――
一斉に、跪いた。
「「「シルヴィア様、ありがとうございました」」」
「……!」
私は、固まった。
(な、何……これ)
「師匠」
リザが、誇らしげに言う。
「素晴らしかったですわ」
「完璧な、聖女の振る舞いでした」
「聖女って……」
私が、言いかけた時――
「本当に」
マンディも、頷く。
「あの気品、あの優雅さ……」
「まさに、聖女様そのものでした」
「……」
私は、言葉を失った。
そして――
控室に戻った後。
私は――
ソファに、倒れ込んだ。
「……疲れた」
「お疲れ様でした、師匠」
リザが、お茶を差し出す。
「ありがとう……」
私は、力なくお茶を受け取る。
「師匠」
セラが、真剣な表情で言う。
「今日の晩餐会――」
「完璧でした」
「……」
私は、虚ろな目でセラを見る。
「貴族たちの反応を見ましたか?」
セラが、続ける。
「みんな、師匠に感動していました」
「感動って……」
私が、呟く。
「私、何もしてないのに……」
「いえ」
セラが、首を横に振る。
「師匠は、**存在するだけ**で――」
「人々に、希望を与えています」
「……」
私は、絶望した。
(存在するだけで、って……)
その時――
扉がノックされた。
「失礼します」
侍従が、入ってくる。
「シルヴィア様」
「はい……」
私は、力なく答える。
「本日の晩餐会について――」
侍従が、書類を差し出した。
「貴族院から、感謝状が届いております」
「感謝状……?」
「はい」
侍従が、読み上げる。
『シルヴィア・ド・ノワール様の気品ある振る舞いに感謝し――』
『ここに、王国貴族院最高名誉賞を授与する』
「……」
私の魂が、抜けた。
「最高名誉賞……?」
「はい」
侍従が、にこやかに言う。
「貴族院史上、初めての授与です」
「……」
私は、完全に――
絶望した。
(食べて、飲んで、笑っただけなのに……)
(なんで、賞が……)
「おめでとうございます、師匠!」
リザが、目を輝かせる。
「素晴らしいですわ!」
マンディも、拍手する。
「流石、師匠……」
「……」
私は、何も言えなかった。
そして――
小さく、呟いた。
「……静かに暮らしたいだけなのに」
だが――
その声は――
誰にも、届かなかった。
* * *
その夜。
王都の新聞には――
『聖女の晩餐――貴族院、史上初の最高名誉賞授与』
という見出しで――
私の写真が、一面に掲載された。
記事には――
私の「完璧なマナー」「気品ある振る舞い」「聖女のような笑顔」が――
詳細に記されていた。
「……もう、嫌だ」
私は、新聞を見て――
ベッドに倒れ込んだ。
「何もしてないのに……」
「なんで、こんなことに……」
そして――
小さく、呟いた。
「誰か……助けて」
だが――
その願いは――
誰にも、聞こえなかった。
――第6章第1節、完。
貴族の宴。
師匠は、普通に振る舞っただけ。
だが――
そのすべてが、「聖女ムーブ」として解釈された。
食べ方、飲み方、笑顔――
すべてが、賞賛の対象になった。
そして――
貴族院史上初の最高名誉賞が、授与された。
師匠の演技は――
もはや、本物として認定された。
「静かに暮らしたい」
その願いは――
また一つ、遠ざかった。
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