第2節:リザの試練
(リザ視点)
師匠を――守らなければ。
私は――そう決めた。
あの卒業式の日から――もう、三日が経った。
師匠は――王家の静養地という名目で――辺境へ送られた。
(あれは――)(陰謀だ)(追放だ)
セラの言葉が――頭から、離れない。
師匠は――優秀すぎた。強すぎた。目立ちすぎた。
だから――遠ざけられた。
(そんなの――)(許せない)
私は――拳を握る。
(師匠を――)(迎えに行く)(必ず)
そのために――私は、強くならなければならない。
圧倒的に、強く。
王家も、貴族も――誰も、逆らえないほどに。
そして――師匠を、守る。
(だから――)(今は、修行だ)
私は――東へ、向かった。
* * *
王都闘技場に到着したのは――その日の夕方だった。
石造りの巨大な円形闘技場。観客席には、数千人が入るだろう。中央の闘技場では――何人もの剣士が、稽古をしていた。
「すごい……」
私は、息を呑んだ。
(ここが――)(剣聖エリシアの、闘技場……)
入口で、受付の男性に声をかける。
「あの――」
「剣聖エリシア様に、お会いしたいのですが」
「エリシア様?」
男性が、私を見る。
「君、新入りか?」
「はい」
私は、頷く。
「修行に、来ました」
「ふむ……」
男性が、私を値踏みする。
「エリシア様は――誰でも教えるわけじゃない」
「まずは――入門試験を受けてもらう」
「入門試験……?」
「ああ」
男性が、闘技場を指す。
「あそこで――試験官と、戦ってもらう」
「勝てば、入門許可」
「負けたら――帰ってもらう」
「……わかりました」
私は、覚悟を決めた。
(師匠――)(見ていてください)
* * *
闘技場の中央に、立つ。
観客席には――数十人の剣士たちが、見物している。
「新入りか」
「また、すぐ負けるんだろうな」
「エリシア様の試験は、厳しいからな」
そんな声が、聞こえてくる。
(気にしない――)
私は、剣を構える。
(私は――)(師匠の、弟子)(負けるわけには、いかない)
そして――試験官が、現れた。
「よろしく」
若い女性の剣士だった。
短い銀髪、鋭い目つき。細身だが――その構えには、一切の隙がない。
「あなたが、試験官……?」
「ああ」
女性が、頷く。
「私はセリア」
「エリシア様の、一番弟子だ」
「一番弟子……!」
私は、驚く。
(ということは――)(かなり、強い……?)
「準備はいいか?」
セリアが、訊ねる。
「はい」
私は、剣を構えた。
「では――」
セリアが、動く。
「始める!」
速い。
一瞬で――彼女の剣が、私の目の前にあった。
「――っ!」
私は、咄嗟に剣で受ける。
キィン、と金属音。
「ほう」
セリアが、微笑む。
「反射神経は、悪くない」
「でも――」
彼女の剣が、角度を変える。
「それだけじゃ、足りない!」
下段からの斬り上げ。
私は――師匠の教えを思い出す。
(相手の動きを、読む)(剣先ではなく、肩を見る)
私は、左に跳ぶ。
剣が――私のいた場所を、通過する。
「避けた!?」
セリアが、驚く。
「もらった!」
私は、反撃する。
横薙ぎの一撃。
しかし――セリアは、軽々と跳び上がり――私の頭上を飛び越えた。
「甘い!」
背後から、斬りかかってくる。
「くっ!」
私は、振り向きながら剣で受ける。
ガキィン。
強い衝撃。
腕が、痺れる。
(この人――)(本当に、強い……!)
「お前――」
セリアが、真剣な顔になる。
「誰に、習った?」
「……師匠に」
私は、答える。
「素晴らしい師匠に」
「ほう」
セリアが、ニヤリと笑う。
「なら――本気で、行くぞ!」
彼女の剣が――光った。
「流星剣・一閃!」
無数の斬撃が――私に、降り注ぐ。
「――っ!」
私は、必死に受ける。
ガキン、ガキン、ガキン。
しかし――防ぎきれない。
最後の一撃が――私の剣を、弾き飛ばした。
カラン、と剣が地面に落ちる。
「……終わりだ」
セリアの剣先が――私の喉元に、突きつけられる。
「……負けました」
私は、静かに言った。
* * *
観客席から――拍手が、起こった。
「おお、すごい!」
「新入りなのに、あそこまで戦えるとは!」
「セリアの流星剣を、受け切ったぞ!」
私は――呆然としていた。
(負けた……)(また――)(力が、足りなかった……)
「よくやった」
セリアが、手を差し伸べる。
「お前――合格だ」
「……え?」
私は、驚く。
「負けたのに……?」
「負けたが――」
セリアが、微笑む。
「お前の剣は――美しかった」
「誰かを守るための――優しい剣だった」
「……」
「それに――」
セリアが、私の目を見る。
「お前の目には――諦めない光が、ある」
「そんな目をした剣士は――必ず、強くなる」
「……ありがとうございます」
私は、涙が出そうになった。
(師匠……)(私――)(頑張ります)
* * *
そして――私は、剣聖エリシアに会った。
「ふむ」
白髪の女性が――私を見ている。
年齢は、六十を超えているだろう。しかし――その目は、若者のように鋭い。
そして――その佇まいには――圧倒的な強さが、滲み出ていた。
「お前が――」
エリシアが、言う。
「新入りの、リザか」
「はい」
私は、緊張しながら答える。
「セリアから、聞いた」
エリシアが、立ち上がる。
「お前は――守るための剣を、持っている」
「それは――良いことだ」
「しかし――」
エリシアが、私の目を見る。
「お前の剣は――まだ、迷っている」
「迷って……?」
「ああ」
エリシアが、頷く。
「お前は――誰を守りたいのか――まだ、わかっていない」
「!」
私は、ハッとした。
(誰を……守りたい……?)(師匠……?)(仲間……?)(それとも……)
「それを見つけるのが――」
エリシアが、言う。
「お前の、修行だ」
「……はい」
私は、頷いた。
* * *
それから――三ヶ月が、過ぎた。
毎日――朝から晩まで、剣の稽古。
エリシア様は、厳しかった。
「違う!」
「もっと、腰を落とせ!」
「剣は、心の延長だ!」
「迷いがあれば、剣も迷う!」
何度も――何度も――叱られた。
でも――その厳しさの裏には――優しさが、あった。
「よくやった」
「少し、休め」
「お前は――強くなっている」
そんな言葉が――私を、支えてくれた。
そして――私は、気づいた。
(エリシア様は――)(師匠と、似ている)(厳しいけど――)(誰よりも、弟子を思っている)
(だから――)(私も――)(頑張れる)
* * *
そして――ある日。
闘技場に――異変が起きた。
「大変だ!」
セリアが、走ってくる。
「魔獣の群れが――闘技場に、向かってきてる!」
「何!?」
エリシア様が、立ち上がる。
「数は?」
「五十体以上!」
「しかも――」
セリアが、焦った様子で言う。
「A級魔獣も、混じってます!」
「……厄介だな」
エリシア様が、剣を取る。
「弟子たちを、避難させろ」
「私が、食い止める」
「待ってください!」
私が、叫ぶ。
「私も、戦います!」
「お前は――」
エリシア様が、私を見る。
「まだ、早い」
「いいえ!」
私は、剣を構える。
「私は――もう、逃げません!」
「誰かを守るために――戦います!」
「……」
エリシア様が、微笑んだ。
「よかろう」
「ただし――無理はするな」
「はい!」
私は、頷いた。
* * *
闘技場の外。
魔獣の群れが――押し寄せてきた。
狼型、熊型、蛇型。様々な魔獣が――咆哮を上げている。
「来るぞ!」
エリシア様が、叫ぶ。
「構えろ!」
私たちは――剣を構えた。
そして――魔獣が、襲いかかってくる。
「はあっ!」
私は、斬りかかる。
一体、二体、三体。師匠の教えを――エリシア様の教えを――思い出しながら、戦う。
(動きを、読む)(無駄な動作を、しない)(呼吸を、整える)
次々と――魔獣を、倒していく。
「やるな、リザ!」
セリアが、叫ぶ。
「成長したな!」
「ありがとうございます!」
私は、笑顔で答えた。
しかし――その時。
「きゃあっ!」
若い女性の悲鳴が、聞こえた。
振り向くと――闘技場の新入りの少女が――A級魔獣に、襲われていた。
巨大な熊型の魔獣。その爪が――少女に、振り下ろされようとしている。
「――っ!」
私は――考えるより先に、動いていた。
全速力で、走る。
(間に合え!)(間に合え!)
「はあああっ!」
私は、少女の前に飛び込み――剣で、魔獣の爪を受け止めた。
ガギィィィン。
凄まじい衝撃。腕が、軋む。
「逃げて!」
私は、少女に叫ぶ。
「早く!」
「は、はい!」
少女が、逃げる。
(よかった……)
しかし――その隙に。
魔獣の、もう一方の爪が――私の脇腹に、突き刺さった。
「――っ!!」
激痛。血が、溢れる。
(ああ……)(やっぱり……)(私は……)(まだ……弱い……)
視界が――霞んでいく。体が――崩れ落ちる。
(師匠……)(ごめんなさい……)(私……)(まだ……)(強くなれなかった……)
そして――意識が、途切れかけた、その時。
光が――
降り注いだ。
「――!?」
私の体が――光に、包まれる。
温かい。優しい。それでいて――圧倒的な力を、感じる。
『よくやった、子よ』
声が――聞こえた。女性の、優しい声。
『あなたは――』
『誰かを守るために――』
『自分を犠牲にした』
『それは――』
『尊い行い』
『だから――』
『私の加護を、授けよう』
「あなたは……?」
私は、訊ねた。
『私は――』
『女神ルミナス』
「ルミナス……!?」
『そう』
光が、さらに強くなる。
『あなたに――』
『光の加護を』
『守護の力を』
『授ける』
「……ありがとうございます」
私は、涙を流した。
(私……)(守れたんだ……)(あの子を……)
光が――私の傷を、癒していく。
そして――私の剣が――光り輝いた。
* * *
「――っ!」
私は、立ち上がった。
傷は――完全に、治っていた。それどころか――体が、軽い。力が、溢れてくる。
「これが……」
私は、剣を見る。
剣が――淡い光を、纏っている。
「ルミナスの、加護……」
「リザ!?」
セリアが、驚いた顔で駆け寄る。
「お前、傷は!?」
「大丈夫です」
私は、微笑む。
「それより――」
私は、A級魔獣を見る。
「あの魔獣を――倒さないと」
「でも、A級は――」
「大丈夫です」
私は、剣を構える。
(この力なら――)(守れる)(みんなを)
「はあああっ!!」
私は、魔獣に斬りかかる。
剣が――光の軌跡を描く。
「聖光剣・断罪!」
一閃。
光の剣が――魔獣を、両断した。
「――!?」
魔獣が――光に包まれ――消滅する。
「すごい……」
セリアが、呟く。
「A級魔獣を――一撃で……!?」
私は――自分でも、驚いていた。
(これが――)(ルミナスの、加護……)(こんなに――)(強くなれるなんて……)
「リザ!」
エリシア様が、駆け寄ってくる。
「お前――今の、力は……」
「女神ルミナスの、加護です」
私は、答える。
「私――誰かを守ることが――できました」
「だから――力を、いただきました」
「……そうか」
エリシア様が、微笑む。
「お前は――本当の強さを、見つけたんだな」
「はい」
私は、頷いた。
(私の強さは――)(誰かを守ること)(そして――)(その力は――)(師匠が、教えてくれた)
(だから――)(私は――)(もっと強くなる)(師匠のために)(みんなのために)
光が――私を、包んでいた。
* * *
それから――私は、さらに修行を続けた。
ルミナスの加護を受けた私は――日に日に、強くなった。
エリシア様も、驚いていた。
「お前――もう、私が教えることは、ない」
「いえ」
私は、首を振る。
「まだまだ、学びたいです」
「エリシア様――あなたは、私の技の師匠です」
「でも――」
私は、微笑む。
「心の師匠は――別にいます」
「……そうか」
エリシア様が、頷く。
「その師匠は――幸せ者だな」
「お前のような弟子を、持てて」
「いいえ」
私は、首を振る。
「私が――幸せ者です」
「師匠に、出会えて」
* * *
そして――半年が、経った。
別れの日。
「エリシア様」
私は、深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
「礼には及ばん」
エリシア様が、言う。
「お前は――立派な剣士になった」
「胸を張って――師匠の元へ、戻れ」
「はい!」
私は、涙を流した。
(師匠――)(私――)(強くなりました)(必ず――)(会いに行きます)
光の剣を、背に――私は、歩き出した。
師匠の元へ。仲間の元へ。新しい力を携えて。
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