第2節:人生最高の高笑い
収録ブース。
マイクの前に、私は立っていた。
深呼吸。
腹式呼吸を、意識する。
人生最高の高笑い。
ディレクターの言葉が、胸に響く。
(やってみせる)
私は、決意した。
これまで積み重ねてきた、すべてを込めて――
最高の高笑いを、披露する。
「それでは、本番いきます」
ディレクターの声。
「スタンバイ……スタート!」
カウントが、始まる。
3、2、1――
私は――
限界まで、息を吸い込んだ。
腹式呼吸。
横隔膜を下げ、肺いっぱいに空気を取り込む。
そして――
「おーっほほほほほほほほほっ!」
高笑いが、ブースに響いた。
優雅に。
気高く。
そして――
圧倒的に。
声は、波のように広がる。
抑揚は、完璧。
間は、絶妙。
私は、さらに息を吸い込んだ。
(まだ、足りない)
もっと。
もっと高く。
もっと美しく。
「おーっほほほほほほほほほほほほほっ!」
二度目の高笑い。
ブース全体が、震えるような響き。
だが――
その瞬間。
私の視界が、揺らいだ。
(……え?)
めまい。
頭が、ぼんやりする。
息が――
苦しい。
(貧血……?)
腹式呼吸を、限界まで使いすぎた。
酸素が、足りない。
だが――
まだ、終われない。
これが、最後の高笑い。
これで――
物語を、締めくくるんだ。
私は、最後の力を振り絞った。
「おーっほほほほほほほほほほほほほほほほほっ!」
三度目の高笑い。
完璧だった。
今までで、最高の――
そして――
私の意識は、途切れた。
* * *
「しのぶさん!」
「救急車! 早く!」
「しのぶさん、しっかりして!」
遠くから、声が聞こえる。
だが――
私の体は、動かなかった。
(ああ……やっちゃった)
私は、ぼんやりと思った。
(限界まで、やりすぎた)
腹式呼吸。
声優の基本だが――
限界を超えれば、体に負担がかかる。
(でも……いい高笑いだった)
私は、満足していた。
人生最高の高笑い。
それを、やり遂げた。
そして――
私の意識は、完全に途切れた。
* * *
暗闇。
私は、何も見えない空間にいた。
(……ここは?)
声を出そうとするが、出ない。
体を動かそうとするが、動かない。
(私……死んだの?)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
貧血で倒れて――
そのまま、死んでしまったのかもしれない。
(……そっか)
不思議と、恐怖はなかった。
むしろ――
安らぎすら、感じていた。
(人生最高の高笑いで、終われたなら――)
それは、声優として――
悪くない最期かもしれない。
だが――
その時。
暗闇の中に、光が差し込んだ。
「……え?」
光は、どんどん大きくなる。
そして――
私を、包み込んだ。
(これは……)
転生?
転移?
そんな言葉が、頭をよぎる。
(まさか……)
だが――
光は、私を飲み込んだ。
そして――
私の意識は、再び途切れた。
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