異世界に転生したけど、スキルが「いいね」でした
気がついたら、白い空間にいた。
真っ白な空間に、カウンターが一つ。
まるで無機質なオフィスのような——奇妙な空間だ。
「やあ、いらっしゃい」
カウンターの向こうに、誰かが立っている。
——神様?
いや、神様にしては……なんというか……。
サイズの合っていない、とんがり帽子。
星柄のマント。
「MAGIC」と刺繍された、チープな杖。
——胡散臭い。
「あ、これ私の趣味じゃないから。上層部が決めた制服なんだよね」
俺の視線に気づいたのか、神様らしき存在が苦笑した。
「えーと……俺、死んだんですか?」
「うん。スマホ見ながら歩いてトラックに轢かれた。信号無視」
「……」
思い出した。
SNSの通知を確認していたら、信号を見落としたんだ。
——最悪の死に方だ。
「まあ、よくあることだよ。最近多いんだ、この手の案件」
神様が、肩をすくめた。
「私はツクヨ。転生担当の神——というか、転生管理局の担当官みたいなものかな」
「ツクヨ……」
「で、あなたには異世界で第二の人生を送ってもらいます」
「異世界転生!?」
「そう。今期のノルマがあってね。転生者を一定数送り込まないといけないんだ」
ノルマ……?
神様にもノルマがあるのか。
「転生者には、特別なスキルを一つ与えることになってる」
ツクヨが、手をかざした。
「あなたの前世での行動パターンを分析した結果——最適なスキルを選定しました」
ステータス画面が、目の前に浮かび上がる。
---
【スキル】
・いいね(Lv.1)
---
「……は?」
「『いいね』です。対象に好意的な感情を送るスキル」
「いや、待って。他の転生者って、剣聖とか、魔法適性とか、チートスキルもらうんじゃないの?」
「ああ、それはA級チートね」
ツクヨが、溜息をついた。
「A級チートは1世紀に50名まで。B級補助チートは200名まで。あなたは……まあ、凡人枠」
「凡人枠!?」
「予算の都合なんだよ。チート付与にはコストがかかるんだ」
ツクヨが、気の毒そうな顔をした。
「でもね、あなたの前世での最頻行動は『SNSでいいねを押す』だった。一日平均三百回」
「……」
否定できない。
「そのデータに基づいて、最適なスキルが『いいね』と判定されたわけ」
「戦闘系のスキルは!?」
「ない」
ツクヨが、きっぱり言った。
「まあ、戦闘には向かないけど……使い方次第では化けるかもよ?」
「えぇ……」
「私もノルマに追われる社畜みたいなもんでさ。全員にチート渡せるほど、予算も権限もないんだよね」
ツクヨが、苦笑した。
「『前世よりマシ』程度の落としどころが精一杯。でも、逃げ道は用意したから——頑張って」
「ちょっと待っ——」
「あ、困ったら夢の中で呼んで。たまには顔出すから」
視界が、白く染まった。
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気がついたら、草原に立っていた。
異世界だ。
中世ヨーロッパ風の街並みが、遠くに見える。
「……マジかよ」
俺は、自分のステータスを確認した。
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【名前】ユウキ
【職業】なし
【レベル】1
【HP】10
【MP】5
【攻撃力】3
【防御力】2
【スキル】いいね(Lv.1)
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弱すぎる。
ゴブリンにも勝てなさそうだ。
「いいね、ってどうやって使うんだ……」
試しに、近くの花に向かって「いいね」と唱えてみた。
——何も起きない。
「対象が生物じゃないとダメか」
俺は、とりあえず街に向かって歩き出した。
---
街に着いた。
冒険者ギルドらしき建物を見つけて、中に入る。
「いらっしゃいませ」
受付嬢が、にこやかに迎えてくれた。
金髪の美人だ。
「あの、冒険者登録をしたいんですけど」
「かしこまりました。こちらの用紙にご記入ください」
言われるがまま、用紙に名前を書いた。
ステータスを測定する水晶に手を当てる。
「……」
受付嬢が、黙り込んだ。
「あの……」
「失礼ですが……戦闘系スキルをお持ちではない?」
「はい」
「『いいね』……というスキルは、初めて見ますね」
受付嬢が、困惑した顔をしている。
「冒険者としては……正直、厳しいかと」
「ですよね……」
俺は、肩を落とした。
やっぱり、このスキルは使えないのか——
「でも、せっかくですし、登録だけはしておきますか?」
「お願いします」
受付嬢が、登録証を発行してくれた。
「ありがとうございます」
俺は、受付嬢に向かって——
反射的に「いいね」を発動した。
——親指を立てるジェスチャーと共に、ハートマークのエフェクトが飛んでいく。
「っ!?」
受付嬢が、目を見開いた。
「な、なんですか今の……!?」
「あ、すみません、つい——」
「いえ……なんだか、すごく……嬉しいです」
受付嬢の頬が、ほんのりと赤くなっている。
「なんでしょう……褒められたような、認められたような……不思議な気持ちです」
「え?」
「もう一回、やってもらえますか?」
「え、いいですけど——いいね」
またハートマークが飛んでいく。
「っ……! ああ……これ、気持ちいい……」
受付嬢が、うっとりとした表情になった。
「もう一回……」
「いいね」
「ん……っ」
——なんか、やばい雰囲気になってきた。
「あ、あの、俺、行きますね」
「え、もう行っちゃうんですか? また来てくださいね! 絶対ですよ!」
受付嬢が、手を振っている。
さっきまでの事務的な態度が嘘のようだ。
「……このスキル、効果あるのか?」
---
それから、俺は「いいね」の効果を検証した。
道端で困っているおばあさんに「いいね」→ 大量のお礼をもらう
喧嘩している二人組に「いいね」を連打 → なぜか仲直り
落ち込んでいる少年に「いいね」→ 元気になって走っていく
「……これ、もしかして便利なスキルか?」
戦闘には使えない。
でも——人間関係を円滑にする力がある。
---
数日後——
俺は、ある依頼を受けていた。
「勇者パーティーのサポート……?」
「はい。勇者様の演説や、士気向上のお手伝いをしていただきたいのです」
ギルドの職員が、説明してくれた。
どうやら、俺の「いいね」スキルの噂が広まったらしい。
「勇者様の演説の後に『いいね』をしていただければ、兵士たちの士気が上がると期待されています」
「なるほど……」
俺は、勇者パーティーに合流した。
---
「みんな、聞いてくれ!」
勇者——金髪の青年が、兵士たちの前で演説している。
「我々は、魔王軍と戦う! 人類の未来のために!」
兵士たちが、静かに聞いている。
——反応が薄い。
勇者の演説は熱いけど、兵士たちは疲れ切っている。
長い戦いで、士気が下がっているのだ。
「だから——」
勇者が、言葉に詰まった。
俺は——
「いいね」
ハートマークが、勇者に向かって飛んでいく。
「っ!?」
勇者が、目を輝かせた。
「そうだ! 俺たちは負けない! みんなの想いが、俺の力になる!」
勇者の声が、力強くなった。
「いいね」「いいね」「いいね」
俺は、兵士たち全員に「いいね」を連打した。
ハートマークが、会場中に飛び交う。
「おお……なんだこの気持ちは……!」
「やる気が湧いてきた……!」
「勇者様についていくぞ!」
兵士たちの顔に、活気が戻っている。
「すごい……」
勇者が、俺を見た。
「お前、何者だ?」
「ただの『いいね』使いです」
「いいね使い……」
勇者が、真剣な顔になった。
「俺のパーティーに入ってくれ」
「え?」
「お前の力が必要だ」
こうして——
俺は、勇者パーティーの正式メンバーになった。
---
魔王城——
俺たちは、ついに魔王の前にたどり着いた。
「ふん……来たか、勇者よ」
魔王が、玉座に座っている。
黒い鎧。赤い瞳。威圧的なオーラ。
「今日こそ、お前を倒す!」
勇者が、剣を構えた。
「やれるものならやってみろ」
魔王が、立ち上がった。
——強い。
圧倒的な魔力が、部屋中に満ちている。
勇者たちが、次々と攻撃を仕掛ける。
でも——
「無駄だ」
魔王の防御を、突破できない。
「くっ……」
勇者が、膝をついた。
仲間たちも、倒れていく。
——やばい。
このままじゃ、全滅する。
俺に、何ができる?
戦闘スキルは、ない。
あるのは——
「……いいね、しかないか」
俺は、魔王に向かって——
「いいね」
ハートマークが、魔王に向かって飛んでいく。
「っ!?」
魔王が、目を見開いた。
「な、なんだこれは……」
「いいね」
「や、やめろ……」
「いいね」「いいね」「いいね」
俺は、連打した。
ハートマークが、魔王に降り注ぐ。
「っ……! く、くすぐったい……!」
魔王が、身をよじった。
「やめろ……やめてくれ……!」
「いいね」「いいね」「いいね」
「ひっ……! なんだこれ……! 認められている……! 褒められている……!」
魔王の顔が、赤くなっている。
「誰も……誰も俺のことを認めてくれなかった……! 人間も、魔族も……!」
魔王の目から、涙が溢れた。
「なのに……お前は……!」
「いいね」
「っ……!」
魔王が、膝をついた。
「もう……いい……降参だ……」
「え?」
「お前の勝ちだ……勇者よ……いや、いいね使いよ……」
魔王が、両手を上げた。
「俺は……ただ、認められたかっただけなんだ……」
——まさかの、戦闘終了。
---
後日談——
「というわけで、魔王は改心しました」
王様の前で、勇者が報告している。
「魔王軍は解散し、魔族と人間の和平条約が結ばれました」
「素晴らしい! さすが勇者よ!」
「いえ……俺じゃありません」
勇者が、俺を見た。
「この男が——『いいね』で魔王を倒したんです」
「いいね……?」
王様が、首を傾げた。
「はい。『いいね』というスキルで、魔王の心を開いたんです」
「……よく分からんが、とにかく世界は救われたのだな?」
「はい」
王様が、俺に向かって言った。
「お前を、英雄として称えよう!」
「ありがとうございます」
俺は——
王様に「いいね」を送った。
「おお……! なんだこれは……! 気持ちいいぞ……!」
王様が、うっとりとした表情になった。
「もっとくれ……もっと……!」
「陛下、しっかりしてください」
大臣が、慌てて止めに入った。
---
こうして——
俺は、「いいね」で世界を救った。
史上初の、非戦闘系勇者として。
SNS依存だった前世の経験が——
まさか、異世界で役に立つとは思わなかった。
今日も俺は、異世界の人々に「いいね」を送り続ける。
だって——
「いいね」は、人を幸せにする。
それが、俺の新しい人生だ。
(完)
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