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【短編小説】東京confidential

掲載日:2025/12/18

 俺は電車に乗る。

 好き嫌いに関わらず、東京に住んでるほとんどの人間はそうしている。

 大阪とか福岡、札幌のことは知らない。

 他の街の奴らは「歩いた方が速い」とか言いながら鉄のカバに乗って長い葬列に加わるんだろ。

 俺は電車に乗る。

 電車に乗って帰る。

 どこに?家だよ。


 夜。群青。銀色の雨。


 その電車の中で俺はひとりの男を見ていた。

 その男は吊り革につかまり、もう片方の手をズボンに入れて陰茎のポジションを執拗に直しながら「おれの携帯はどこだ」と繰り返してた。

 俺以外の乗客は見て見ぬフリだ。

 本当は興味がある癖にな。

 車窓を叩く雨粒が響く。

 外は雨だ。

 だが乗客たちはそれにも興味がないだろう。本当は駅に着いた後のことが心配な癖に。



 電車の窓は雨に濡れてハルカタ柄の天井みたいになっているし、もしかしたら男の陰茎は何らかの病気に冒されているのかも知れない。

 俺は男の携帯がどこかも知らないし、いつかのスーパーの荷物置き場で痴呆混じりのおっさんが探していた財布もどこか知らない。

 ガキの頃に通っていた空手道場で友だちが無くした財布は?

 知らないよ、俺は何も知らない。

 俺は世界の事を知らないし、東京の事も切らない。

 たぶん自分の事だってそんなに知らない。


 俺は自分のポケットに手を入れて鍵を弄ぶ。

 家の鍵。事務所の鍵。バイクの鍵。

 そして女の鍵。

 お前をこじ開ける鍵はそのままだ。

 陰鬱な夜の中を無理やりに押し進むみたいにして電車は進む。

 横に押し退けられた陰鬱さが窓を叩く。

 窓を流れる雨粒の形を変えていく。

 薄汚れた窓がフィッシャー柄になっていく。

 流星。シミ。

 俺たちは揺られて眠る。

 ピストン輸送の胎内巡り。

 目覚めたら違うひと。



 俺が狂っているのか男が狂っているのか誰も知らない。

 他の乗客だって狂ってるのか狂ってないのか、興味がある癖にそうじゃないフリをしてる。

 国会議事堂に召喚されて訊かれるまで何も答えずにいられるだろうか。

 警察ならどうだ?

 興味のないフリをできるか?

 そのまま真っ直ぐ歩けるか?

 深淵にドボンかも知れないぜ。



 俺は緊張で震える。

 禮禍チックワルツ。ダンサーインザーレインボー、インザダーク。

 反芻する今日のできごと。

「籠ポンドが狂ってるんだよ」

「それは背後にいる奴が問題でさ」

 会社のパイセンはABE陰謀論に片足を突っ込んでいて笑えない。

 それでも仕事は仕事だ。

 目の前の女の子たちに駄目を出していく。

 公開オーディション。

 公開処刑。後悔先に立たず。

 酒飲んで珍宝勃たず。

 眠れば全て忘れる。そうして明日は別の人だ。誰だって。


 そうやってみんなが今日と明日を垂直に切り分けて生きている。

 ダメだしをされて挫けていく人間たちを見て自分が諦めたとこに納得したり、それでも残された才能たちを見て自分とは違うんだと言い聞かせる為に番組がある。繰り返される。

 俺たちは何かを諦めたし、言い訳をしていまここにいる。

 そういう意味では目の前にいる携帯紛失チンポジいじり男が言い訳を吐かないので俺はこの瞬間に於いてのみ敗者とも言える。



 ルーザー。



 月曜日の朝に柘榴を無くした瞬間から離れられない。

 俺は神風にもなれなかったし俺はリバプールの風にもなれなかった。

 それは苦痛だった。

 俺はうずくまる。

 ポケットの中で鍵を弄ぶ。

 電車は進む。闇の中を。病みの胎内を。

 めぐる。まわる。



 半日後にはもう朝だ。

 だがその朝はもう垂直じゃない。

 助からない事だけが既に判明している。繰り返す胎内巡り。入れ替わらない細胞。

 どうにもならない記憶。

 それらを引きずったまま往復し続けて絡まった影とか影とか影がもう解けないほどに。


 もう夏だから。

 生の季節が終わっているから。

 いまここにある死の季節を電車は進むから、鍵を、鍵を。



 つり革がきしむ。

 俺は綺麗な傘の事をずっと考えている。

 駅に着いたら傘を買おう。

 明日も俺は俺だろうから。

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