エピローグ
業務が終わり、静寂に包まれた管制オフィスで、片山はデスクに突っ伏し、うたた寝をしていた。薄明かりの中、彼の夢は過去の断片的な記憶を映し出していた。
夢の中、片山は関西空港の管制室にいた。忙しい日常の中で起きた自身のミスを鮮明に思い出していた。その結果、一時的に滑走路が混乱に陥った場面が浮かぶ。
「片山、お前のミスでどれだけの混乱が起きたかわかっているのか?」
当時の上司の厳しい叱責が蘇り、片山は肩を落とした。その後に受け取った大分空港への異動命令。握りしめた紙の感触と、無力感が胸を締め付ける。
さらに記憶は幼少期へと遡る。自衛隊の基地で、戦闘機が並ぶ中、背の高い青年が優しく微笑んでいた。
「直樹、空はいいぞ。どんなに大変でも、この広い空を守るのは誇り高い仕事だ。」
その言葉と優しい微笑みが、片山の胸に深く刻まれている。
突然、片山の肩に手が触れる感覚で彼は目を覚ました。目の前には、心配そうな表情の真奈美が立っていた。
「片山さん、大丈夫ですか?」
片山は一瞬、夢の中の光景と現実の境目が曖昧になりながらも、軽く笑みを浮かべて応えた。
「真奈美か。大丈夫だ、ちょっと寝てしまっただけだ。」
彼は椅子から立ち上がり、デスクの資料を整えた。真奈美は心配そうに見つめながらも、小さく頷いた。
「何かあれば、遠慮なく言ってくださいね。」
「本当になんでもないから、気にしないでくれ。」
片山は少し硬い表情で答えたが、その声にはどこか優しさが含まれていた。真奈美はそれ以上何も言わず、小さく頷いた。
彼はオフィスを後にし、羽田空港の広い敷地が広がる夜の静けさの中に出た。
ふと立ち止まり、片山は空を見上げた。遠くで飛行機の音が聞こえ、彼は深く息を吸い込む。
3月上旬の夜空には冬の名残を感じさせる冷たい風が吹き、春の訪れを待ち望むような空気が片山に打ち付けていた。