第2章
ある日、羽田空港の管制塔では、夜間管制担当のチームと交代するため、片山たちの日勤チームがいつもより早めに業務を切り上げた。滑走路が夕焼けに染まり、徐々に夜の静けさが訪れる頃、片山たちはそれぞれの作業をまとめて帰り支度を始めていた。
真奈美がふと周囲を見回すと、普段は冗談を飛ばして職場を和ませている内田の表情がどことなく沈んでいることに気付いた。
「内田さん、大丈夫ですか?何かあったんですか?」
真奈美が優しく声を掛けると、内田は深いため息をつき、ぽつりと言った。
「俺、もう生きてられないかも。」
その言葉に周囲がざわつく。三津谷や篠田、鈴木も心配して内田のもとに集まった。
「おい、内田、何かあったのか?」三津谷が真剣な顔で問いかける。
内田はしばらく沈黙していたが、やがて苦笑いを浮かべてこう言った。
「彼女に振られたんですよ。もうやってられない…」
一同は一瞬絶句したが、やがて呆れたように微笑んだ。
「また別れたのか?前に言ってた、ジムのトレーナーのみづきちゃんか?」三津谷が首をかしげる。
内田は頭を振りながら答える。「それは4ヶ月前に別れたやつ。カフェ店員のかすみですよ。」
三津谷は内田の肩を叩きながら笑った。「お前、ころころ変わり過ぎだろ。」
他のメンバーも少々呆れつつ、微笑ましい雰囲気になった。
「よし、こんなときはみんなで飲みに行くか。」
三津谷が慰労会を提案すると、他のメンバーも賛成した。内田は片山にすがりつくように頼み込んだ。
「片山さんも、ぜひ一緒に来て慰めてくださいよ!」
片山は少し困った顔をしながら財布から5000円を取り出し、三津谷に手渡した。
「これで飲み代の足しにしてくれ。俺は遠慮しておくよ。」
そう言って自分のデスクに戻る片山を見送りつつ、内田は肩を落とした。
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その夜、空港近くの居酒屋で飲み会が始まった。集まったのは真奈美、鈴木、三津谷、内田、篠田の5人だ。乾杯の声が響き、賑やかな雰囲気の中で話題が次々と飛び交う。
三津谷はスマホを取り出し、家族の写真を見せ始めた。
「ほら、これが俺の娘の志帆だ。5歳になって幼稚園のお遊戯会でシンデレラをやったんだよ。」
そこには可愛らしい衣装を着た志帆の写真が映っていた。三津谷は目を細めて自慢げに話す。
「かわいいですね。」真奈美が微笑む。
内田は酔っぱらいながら大きな声で言った。「俺もそんな家庭が欲しい!羨ましいっすよ、三津谷さん!」
三津谷は笑いながら内田の背中を軽く叩いた。「お前はもういい年なんだから、いい加減身を固めろ。そんなペースじゃ永遠に無理だぞ。」
和やかな空気が続く中、話題は片山のプライベートに移った。
「そういえば、片山さんの家族とかプライベートって聞いたことないな。」
内田が疑問を口にすると、他のメンバーも興味を示した。
鈴木に尋ねてみると、鈴木も首を振った。「僕も大分で一緒に働きましたけど、実はあんまり知らないんですよ。家族の話とか、大分に来る前の関空でのこととか一切しなかったし、聞いてもいつもはぐらかされるんですよね。」
その場はそのまま終わりを迎えたが、みんなの心の中には片山への疑問が残った。
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飲み会の後、真奈美と篠田は同じ方向だったため一緒に帰ることになった。
「篠田さん、片山さんって本当に謎が多いですよね。」真奈美がふと話しかける。
「確かに。でも、真奈美もあまりプライベートの話とか全然しないじゃない。彼氏とかいないの?」篠田が興味津々に尋ねた。
真奈美は笑いながら答えた。「そんなの、ずっといないですよ。」
「そう。ちなみに、私はいるよ。ずっと片思いしている人が。」
「えっ、そうなんですか?どんな人ですか?」
篠田は笑顔で「それは秘密。」と答えた。
女子トークに花が咲きながらも、二人は夜の街を歩きながら家路に着いた。