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AIRPORT 2 : 東京国際空港管制保安部  作者: Sully Hughes


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10/11

第10章

火災発生から一夜明けた翌朝、羽田空港はいつもの喧騒を取り戻しつつあった。空港内の大型スクリーンやテレビのニュースでは、昨夜の火災の詳細が大々的に報じられていた。

「昨夜発生した羽田空港での火災において、迅速な対応を見せた消防隊や管制官を始めとした空港スタッフの行動が被害を最小限に食い止めました。」テレビの画面に映るアナウンサーは、冷静な口調でそう伝えた。画面には、煙の上がる現場の映像が流れている。「この対応は、まさにプロフェッショナルと言えるものです。」

朝のミーティングで佐藤は開口一番、彼らの働きを称賛した。その背景では、壁に設置されたテレビが引き続き昨夜のニュースを流していた。

「みんな、本当にご苦労だった。昨夜の状況でここまで迅速かつ正確に対応できたのは、君たち全員の努力に感謝する。」

部長の温かい言葉に、チーム全員が少しだけ表情を緩めた。しかし、その中で篠田だけはどこか上の空な様子だった。椅子に座りながらも、どこか気もそぞろで、目の前の資料にもほとんど目を通していない。

内田が、彼女の様子に気づき、いつもの陽気な調子で声をかけた。「おい篠田、大丈夫か? 全然元気ないじゃん。何かあったら遠慮せず相談しなって。」

真奈美もその言葉に続けた。「そうですよ、篠田さん。私たちチームなんですから、一人で抱え込む必要ないですよ。」

しかし、篠田は深いため息をついてからぽつりとつぶやいた。「私の気持ちなんて、わかるわけないじゃないですか。」

その言葉に、一瞬場の空気が凍りついた。片山が冷静に間を取りながら、穏やかな声で語りかけた。「話してみな。どんなことでもいい。こういうのは、みんなで解決していくものだ。」

篠田はしばらく黙り込んでいたが、やがて意を決したように口を開いた。「……推しが、結婚したんです。」

「え?」と声をそろえる一同。真奈美が思い出したように、「もしかして……片思いの人ですか?」と尋ねた。

篠田は肩を落としながら続けた。「カイトが結婚して、しかもグループを脱退するって……。もう立ち直れません。」

その名前に、内田がピンときた。「カイトって、あの『BELIEVERS』のメンバーの?」

「そうです!」篠田は力強く答えた。そして、自分がどれだけ熱心なファンだったか、カイトの追っかけとして地方遠征もしていたことを滔々と語り始めた。

真奈美がふと思い出したように質問した。「そういえば篠田さん、前に早退したり、クリスマスの直前にすごい勢いで帰ってたことありましたよね。」

内田も頷きながら続けた。「あ!あの時も、もしかしてイベントがあったから急いでたんだな?」

篠田は少し恥ずかしそうに笑いながら答えた。「そうです。ライブは絶対に見逃せないので、スケジュール調整して頑張って行ってました。」

他のメンバーは唖然としながらも、次第にその熱量に圧倒されていった。内田が励ましのつもりで口を開いた。「気持ちはわかるよ。俺だって先週、彼女にふられたばっかだし。」

しかし、その言葉はすぐさま三津谷に突っ込まれた。「お前、またコロコロ相手変わってるじゃないか。篠田の話とは次元が違うだろ。」

篠田も、「本当ですよ。一緒にしないでください!」と呆れたように返す。そのやりとりに、張り詰めていた空気が少しずつ和らいでいった。

その様子を見ていた佐藤が提案した。「よし、今夜は夜間チームと交代だし、みんなで慰労会をやろう。美味いものでも食べて、ゆっくりしよう。」

「賛成!」と真奈美が即答し、他のメンバーも次々に賛同した。

その時、鈴木が片山に問いかけた。「片山さんも来ますよね?」

片山は一瞬考えた後、佐藤に5000円を手渡しながら答えた。「すみません。自分は業務の後に片付けたい仕事があるので、残ります。その分みなさんで楽しんでください。」

その言葉に、一同は片山の真面目な性格を改めて感じ取った。

その後、三津谷が申し訳なさそうに言った。「すみません、私も今日は娘の誕生日なんです。プレゼントを買って早く帰らないといけなくて……。」

その言葉に、他のメンバーは一瞬驚いたがすぐに理解を示した。

「志帆ちゃん、良いお誕生日を迎えられるといいですね。」真奈美が優しく続けた。

三津谷は少し照れくさそうにしながらも、「すまないな、ありがとう。」と頭を下げた。


________________________________________


羽田空港近くの居酒屋では、真奈美、鈴木、内田、篠田、そして佐藤がテーブルを囲み、酒を酌み交わしていた。暖かい照明の下、皆がリラックスした様子で談笑している。店内は賑やかで、遠くから聞こえる他の客の笑い声とともに、仲間たちの声が響いていた。

篠田はグラスを片手に、少し頬を赤らめながら熱弁を振るっていた。「やっぱりカイトは最高だったんですよ! BELIEVERSの曲もダンスも完璧で…。彼がグループを脱退するなんて信じられません!」

「篠田、分かったから少し落ち着こう。」鈴木が微笑みながらフォローする。「それにしても、篠田の推し活の熱意には頭が下がるよ。」

内田がそれに続けて口を開いた。「そうそう。でも、推しがいるっていいよな。俺なんか、推しどころか彼女にも振られちまうし。」

「それ、何回目だっけ?」と三津谷に突っ込まれ、テーブルは笑いに包まれた。

佐藤はグラスを手にして乾杯を提案した。「まあまあ、今日はみんなで楽しむ日だ。乾杯しよう!」

「乾杯!」と声を合わせてグラスを鳴らす。その瞬間、日々の業務での緊張感が一気にほぐれた。

その後も話題は尽きず、内田が最近読んだ小説の話を熱心に語ると、真奈美は「内田さんって意外とロマンチストなんですね」と感心した様子を見せた。

「そう見えるか? 実は結構涙もろいんだぜ。」内田が茶化すように言うと、篠田が笑いながら「それでまた彼女に振られたんですか?」と突っ込んだ。場の雰囲気はますます和やかになり、佐藤も楽しげに皆のやり取りを見守っていた。

真奈美は片山が来なかったことを思い出しながら、「片山さんもたまにはこういう場に来ればいいのに」とぼそっと言った。佐藤は微笑みながら「片山は、片山なりにやることがあるんだろう」と答え、皆が軽く頷いた。


________________________________________


その頃、三津谷はプレゼントとケーキを手に、足早に家路を急いでいた。川崎駅から徒歩で自宅のマンションへ向かう道すがら、彼は娘の志帆の喜ぶ顔を思い浮かべていた。

自宅のドアを開けると、志帆が走り寄ってきた。「パパ! おかえり!」

「ただいま、志帆。誕生日おめでとう。」三津谷は笑顔で娘の頭を撫でながら、小さな箱に入ったプレゼントを手渡した。

リビングには妻の典子が準備したカラフルな飾り付けが施されており、テーブルの上には手作りの料理と三津谷が持ち帰ったケーキが並んでいた。

「パパ、これなあに?」志帆がプレゼントの包装を開けながら聞く。

「それはね、志帆がずっと欲しいって言ってた人形だよ。」

箱から取り出された人形を見て、志帆は声を上げて喜んだ。「やったー! パパありがとう!」

典子も微笑みながら三津谷に声をかける。「家族の時間も大切にしてくれて、本当にありがとう。」

三津谷は少し照れたように笑いながら答えた。「いや、典子がいつも支えてくれているからこそ、こうして頑張れるんだ。これからもよろしく頼むよ。」

家族三人でケーキを囲み、笑顔の絶えないひとときを過ごした。

その後、志帆が人形を手に持ちながら「これ、おじいちゃんにも見せたいな」と言った。それを聞いた三津谷は一瞬考え込み、「そうだな。次に長野に行ったときに持って行こう」と優しく答えた。


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一方、片山は羽田空港のオフィスに残り、自分のデスクで仕事を続けていた。薄暗い室内には蛍光灯の明かりだけが灯り、静かな空間が広がっている。彼の机には資料やフライトプランが積み重なり、片山は真剣な表情でそれらをチェックしていた。

仕事の合間、片山は管制塔の窓へと向かった。外は静けさを取り戻した夜の空港が広がり、滑走路の誘導灯が点滅している。航空機が整然と並ぶその光景に、片山は一瞬目を細めた。

「静かだな…。」

彼は独り言のように呟くと、深呼吸をして再びデスクへ戻った。片山にとって、この静寂の中でのひとときは、自分の使命を見つめ直す時間でもあった。

そしてまた一つの書類に目を通し始めた。目の前には、終わりのない管制官としての使命が広がっていた。


________________________________________


それぞれの場所で過ごす管制官たち。仲間たちとの笑い声、家族との温かな団らん、そして静かに職務を全うする姿。その全てが羽田空港という舞台の一部であり、空の安全を支える柱であった。

夜が深まり、また新たな一日の始まりを告げる気配が漂い始めていた。


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