第1章
春、羽田空港の管制塔が朝日に照らされ、新たな一日を迎えていた。桜の花びらが風に舞う中、空港はすでに活気に満ちている。国内外の多くの旅客機が行き交い、地上ではスタッフが忙しそうに動き回っている。その中心に位置する管制官たちは、今日も安全な空を守るために準備を進めていた。
管制塔の中、朝のミーティングが始まる。
「みんな、おはよう。」管制保安部部長の佐藤健一が声を上げる。髪は少し白くなり始めているが、その目には鋭い光が宿っていた。彼は冷静沈着ながらも、部下に対して適切な指導と信頼を与えるリーダーシップで知られている。その声は管制室に響き渡り、緊張感の中にもチーム全体の士気を高めていた。
「まずは本日の運航状況についてだが、天候は晴れ、風速は南西の風が5ノット。午後から若干の混雑が予想されるが、問題ない範囲だ。それから…昨日の運航データに基づくレポートはすでに共有済みだな?」
「はい、確認済みです。」 主任管制官の三津谷雄介が冷静に答える。彼はレーダー室のベテランで、今日もチームを支える柱としての役割を果たしている。
佐藤が頷き、続ける。 「さて、今日も通常業務だが、いつも通り緊張感を持って臨んでくれ。それじゃあみんな、よろしく頼む。」
ミーティングが解散すると、管制官たちはそれぞれの持ち場に散らばっていった。
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片山直樹は、管制塔の窓際に立ち、朝日に輝く滑走路を見下ろしていた。彼が羽田空港に赴任してから1年が過ぎた。地方である大分空港での15年勤務していたことを感じさせない仕事振りで、主幹管制官として冷静さと的確な判断力を遺憾なく発揮していた。その眼差しは、地上で動く航空機や作業員たちをしっかりと捉えていた。
「片山さん、おはようございます。」
後ろから声をかけてきたのは山口真奈美だった。真奈美は片山と一緒に仕事をするようになって1年、管制官としての成長が著しい若手だ。その声には自信と尊敬の念が込められていた。
「おはよう。調子はどうだ?」 片山が振り返り、穏やかに尋ねる。
「昨日の復習もしてきましたから、大丈夫です!」 真奈美は元気よく答えた。
片山は小さく頷く。 「いい心がけだな。」
二人の会話を聞いていた鈴木辰哉が加わる。 「片山さん、相変わらずの指導っぷりですね。」
「鈴木、お前もちゃんとやれよ。」 片山は少し笑いながら応じる。
「もちろんです。」 鈴木は笑顔を浮かべながら答えた。その言葉には、片山に対する信頼が滲み出ていた。
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レーダー室では、三津谷雄介がモニターを注視していた。その隣では主任管制官である内田翔平がカジュアルな服装でリラックスした様子を見せつつも、的確にデータを処理している。
「三津谷さん、このフライトプラン、少し気になりません?」 内田が指摘する。
「どれだ?」 三津谷がモニターを覗き込む。
「10:55に着陸予定のJAL237便が遅れているみたいなんですよ。この時間帯は他の便も着陸が集中していて、もしかしたら混雑が予想されます。間隔を調整した方がいいと思うんですが。どうです?」
三津谷は即座に状況を把握し、頷いた。 「なるほどな。着陸間隔を調整するようタワーに連絡を入れる。助かった、内田。」
内田は肩をすくめて答える。 「仕事ですからね。」
三津谷は苦笑しながら軽く突っ込む。 「それにしても、お前ってマイペースだよな。こんな大事な指摘を、そんなリラックスした顔で言うか?」
内田は笑顔を浮かべながら答えた。 「俺なりのスタイルですよ。三津谷さんももう少しリラックスしてみたらどうです?」
「いや、お前に合わせてたら心臓がいくつあっても足りないよ。」 三津谷が半ば呆れたように言うと、篠田恵がクスクス笑いながらそのやりとりを見守っていた。
篠田は微笑ましそうに口を開く。 「内田さん、いつもながら鋭いですね。」
「いやいや、篠田さんの几帳面さには負けるよ。」 内田が軽く肩をすくめながら答えると、篠田は苦笑した。
篠田は真奈美の一番歳の近い先輩として、仕事の指導だけでなく、精神面でもサポートをしている。真奈美もまた篠田に信頼を寄せており、時折プライベートな相談を持ちかけることもある。
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朝の業務が本格的に始まる。片山はヘッドセットを装着し、冷静な声で指示を送る。
「JAL102、こちら東京タワー。16Lへの進入を許可します。」
「東京タワー、こちらJAL102です。16Lへ進入します。」
滑走路では、エンジン音を轟かせる航空機が次々と離陸していく。一方で、到着便の管理も順調に進んでいた。
真奈美は到着機の誘導を任されていた。 「ANA215、こちら東京タワーです。滑走路23への着陸を許可します。」
「東京タワー、こちらANA215。23へランディングします。」
その声を聞いた片山は小さく微笑む。 「いい感じだ。」
「ありがとうございます!」 真奈美は嬉しそうに答え、さらに業務に集中した。
片山は真奈美の成長を感じつつも、自分自身の役割を再確認していた。新人たちが次々と育っていく中、彼の経験と冷静な判断力がチーム全体の信頼を支えている。
管制塔の窓越しに広がる青空には、今日も多くの航空機が行き交っている。安全で円滑な運航を支えるために、管制官たちはそれぞれの役割を果たしながらチームワークを発揮していた。
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羽田空港では朝の穏やかな雰囲気が、次第にピークへと移り変わっていった。太陽が高く昇り、滑走路の端から端までが陽光に照らされる頃、管制官たちはそれぞれの持ち場で忙しく業務を開始していた。
片山、山口、鈴木の3人は管制塔で、離陸と着陸、そして地上にいる航空機の誘導を担当している。片山が監督的立場で指揮を執りつつ、真奈美と鈴木が具体的な指示を出す役割を担っていた。管制塔の窓からは、次々と離陸していく航空機と、誘導路で離陸を待つ機体の列が見える。
「真奈美、次の便はANA101便だ。ランウェイ16Lからの離陸を指示してくれ。」 片山が冷静に指示を出す。
「了解しました。」真奈美はマイクを握り、航空機に指示を送る。 「ANA101便、滑走路16Lからの離陸許可、風は南西から6ノット。」
一方で、レーダールームでは三津谷、内田、篠田の3人が入域管制の業務に当たっていた。レーダー画面には次々と羽田空港に向かう航空機が表示され、それぞれの飛行ルートや高度を調整する必要がある。
「内田、このSKY703便、進入角度が少しきつくないか?」 三津谷が隣の内田に声をかける。
「確かに、調整が必要かも。ちょっと待ってください。」 内田は画面を凝視しながら、適切な高度とタイミングを計算して指示を送る。
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その頃、昼前のピーク時間が近づき、管制塔とレーダールームの緊張感が高まっていった。内田が指摘していた那覇空港発のJAL237便が出発の遅れにより、予定より30分遅れて羽田に到着することが確定した。その影響で、他の便との着陸間隔を再調整する必要が生じた。
「片山さん、JAL237便がさらに遅れています。現時点で11:25到着予定です。」 レーダールームの篠田から管制塔の片山に連絡が入る。
「了解。ランウェイ16Rに変更する。三津谷、進入順を再調整してくれ。」 片山は即座に判断を下し、レーダールームと連携を図った。
三津谷は迅速に対応し、JAL237便を含む着陸便の順序を調整する。 「内田、JAL237便を北側から進入させる。他の便には東側を維持するように指示してください。」
「了解。」内田が手早く指示を出し、篠田もそれに続く。
その時、管制室に佐藤が入ってきた。落ち着いた表情で状況を見渡し、適切なタイミングで声をかける。
「片山、状況はどうだ?」
「JAL237便が遅れていますが、対応済みです。他の便との調整も完了しました。」片山が簡潔に報告する。
佐藤は頷きながら窓の外を見つめた。 「さすがだな。連携がスムーズにいっているようで安心した。」
その後、管制塔では真奈美が遅延便への対応に追われていた。 「JAL237便、滑走路16Rに変更、指定高度を維持して進入してください。」
鈴木も真奈美のサポートに回り、地上の誘導機の整理に取り組んでいた。 「真奈美、16Lに待機中の便は離陸順を優先するよう調整した。これで滑走路の負荷が軽減されるはずだ。」
「ありがとうごさいます、鈴木さん。」真奈美はほっとした表情を見せた。
レーダールームと管制塔が一体となって対処した結果、昼前のピークを大きな混乱なく乗り切ることができた。
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その後も業務は続き、午後には再び空港全体が活発に動き始める。夕方のラッシュを過ぎ、夜になると次第に便数が減っていき、静けさが戻る。最終便が滑走路を飛び立ち、空港が再び静寂に包まれる頃、管制官たちは1日の業務を終えた。
「今日もお疲れさまでした。」 篠田が笑顔で挨拶をすると、三津谷と内田もそれに応じた。
「お疲れ。いやあ、今日はなかなか忙しかったな。」内田が冗談めかして肩をすくめる。
片山も管制塔でスタッフに声をかけた。「お疲れさま。」
佐藤も最後に一言付け加える。 「みんな、ご苦労さま。明日も頼むぞ。」
こうして羽田空港の1日は終わりを迎えた。だが、明日も同じように空の安全を守るため、管制官たちは新たな挑戦に立ち向かう準備を整えていた。