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跳んで超えていけ! 俺が諦めたその先へ!

 夏休みの昼下がり。俺は自宅へ帰るため、駅のホームで電車を待っていた。普段なら下校中の学生で賑わうはずのホームだが、その日はやけに閑散としていた。照りつける日差しは容赦なくアスファルトを灼き、遠くから聞こえる蝉の声がやけに小さく感じるほど、静かな空気が漂っていた。


 そんな中、ふと目に入った小さな女の子。白線の外から線路を覗き込んでいる。金色の長い髪に、大きな二重の瞳。明らかに西洋人のような容姿だった。


「ないなあ!? どこかなあ?」


 声を聞くと、かなり必死そうだ。きっと何か大切な物を落としたのかもしれない。でも、あんな身を乗り出して線路を探すなんて、危なっかしいにもほどがある。


「電車が到着いたします。危険ですから白線の内側までお下がりください」


 駅のアナウンスが流れ、ホームのすぐ先の踏切から警笛が響いた。その瞬間、ホームへ視線を戻した俺は、思わず息を呑む。さっきまで線路脇にいたはずの金髪の女の子の姿が、忽然と消えていたのだ。


 後ろに下がったのか、それとも探すのを諦めて帰ったのか……いずれにしても安心とは言えない。嫌な予感が胸をよぎり、俺は線路を覗き込んだ。


(まさか、落ちた……?)


 もう電車の接近音が耳をつんざくほど近くなってきている。この状態で、もしあの子が線路内にいたとしても、運転士は気づけない。頭の片隅では「関わらなければ、俺に害はない」「事故が起きても、それは俺のせいじゃない」なんて無責任な思いが一瞬だけ過ぎった。


 ――でも、見過ごすなんてできるはずがない。小さな子どもが死んでいい理由なんて、どこにもない。


「くっそお!!!!!」


 俺は思わず声を上げ、線路内へ飛び込んだ。


「いた!!」


 予感は的中。少女は線路わきにうずくまっていた。俺は少女を抱きかかえると同時に、ホーム下の隙間へと飛び込む。


「痛っ!!」


 衝撃で手首を強打したようだが、そんなことを気にかけている余裕なんてない。その直後、電車がものすごい勢いで脇を通過していく。ブレーキの甲高い音と非常警報のサイレンが、耳を裂くように響き渡った。

 次の瞬間、壁に体を強く打ちつけられ、視界がぐらりと揺れた。そのまま、意識が遠のいていく。


「お、おにいちゃん!! 大丈夫!? 大丈夫!?」


 薄れゆく意識の中で、少女の必死な声だけがはっきりと耳に残った。よかった少女は無事だ――そう思いながら、俺の意識はそこで途切れた。


     ***


 次に目を覚ましたとき、俺は柔らかい布団の中にいた。どうやら病院のベッドらしい。周りを見回すと、枕元にいた金髪の少女が、ぱあっと顔を輝かせる。


「おにいちゃん、目を覚ましたよ!!」


 少女が誰かに呼びかけると、同じく金髪の若い女性がベッドに近づいてきた。その容姿からして、たぶんこの子の母親だろう。やはり外国人のような整った顔立ちをしている。


「ここは……病院、ですか?」


 俺は少し朦朧とした意識の中で口を開くと、少女がこくりとうなずいた。


「うん。おにいちゃん、わたしを助けてくれて、そのまま気絶しちゃったんだよ」


 母親は少し険しい表情で娘を見つめ、口を開く。


「由真! まずはしっかりお礼とお詑びを言いなさい」


 母親に促され、少女――由真はベッドの脇で深々と頭を下げた。


「本当にごめんなさい!!」


 どうやら、この子が“線路際で落とし物を探していた”張本人らしい。名は佐伯由真。イギリス人と日本人のハーフらしい。あのとき抱きかかえた子だったと、俺もぼんやりと思い出す。でも、こうして大事に至らなくて本当によかった。


「助けられなかったら、俺もずっと後悔してたと思う。本当に無事で良かった」


 そう言うと、由真の母親は少しだけ表情を和らげた。由真もホッとしたように笑う。


「由真はランドセルに入れていたお気に入りのぬいぐるみを落としてしまったらしいの。線路の下に落ちたみたいで、大事なものだからと必死に身を乗り出して探して……」


 母親がそう言ってため息をつく。ずっと由真が大切にしていた手作りのぬいぐるみだったようだ。とはいえ、あんな危険な場所で探すなんて、正直ゾッとする話だ。


「ごめん。助けるとき、ぬいぐるみまでは拾う余裕がなかった」


 俺が大きく頭を下げると、由真はぶんぶんと首を振った。


「ううん、いいの。おにいちゃんが無事で良かった、……本当にありがとう」


 すると母親が、なおも厳しい視線を向けて由真を叱る。


「由真、もう二度とあんな真似はしないで。絶対よ」


「はい……絶対に、もうしない」


 そのやりとりを見守りながら、俺は改めて安堵の息をつく。もしあのとき飛び込まなかったら、今頃この子はどうなっていたのか……想像するだけで背筋が寒い。


「ね? お兄ちゃんにお礼がしたいから、学校教えて?」


 由真がいきなりそう言い出して、俺は一瞬ぎくりとした。

(お礼って、まさか……?)

 変な想像が頭をよぎり、慌てて首を振る。俺は17歳の高校二年生。由真はどう見ても小学生の高学年くらいだ。恋愛対象に見るなんて社会的にアウトだろう。


「いやいや、気にしなくていいよ。由真ちゃんが笑顔でいてくれるだけで十分だから。本当に危ないことは二度としちゃダメだぞ?」


 そう言って話を終わらせようとしたのに、ここで由真は驚くようなことを口にした。


「成城学園二年二組、沢田海斗さん……だよね?」


「は……? なんで俺の名前とクラスを?」


 まさかと思った瞬間、由真の母親が彼女を鋭く睨む。


「由真、あなた、まさか……?」


「ご、ごめん、ちょっとポケットから生徒手帳が見えてたから直そうとしただけで……」


「直すだけで中身が読めるわけないでしょ」


 再びきつい視線を浴びて、由真はしゅんと縮こまる。要するに、こっそり俺の生徒手帳をのぞいたってわけだ。俺はため息をつきつつ、ふと気になったことを尋ねる。


「由真ちゃん。どうしてわざわざ生徒手帳を確認したんだ?」


 穏やかにそう聞いてみたら、由真は恥ずかしそうに一瞬視線をそらして、それからぽつりと答えた。


「……お兄ちゃんが、小学生のわたしに学校を教えてくれるないと思ったから……」


「えっ、どうして?」


 俺にはいまいちよく分からない返答だったけど、由真の母親は「まったく、おませさんなんだから」と呆れ気味につぶやく。由真は「ち、違うもん」と小さく反論しつつ、照れくさそうな様子だ。

 俺はそのやりとりの意味を深く考えようとしたけど、母親も由真も、詳しい説明はしてくれない。なんだか腑に落ちないけれど、これ以上突っ込んで聞くのもどうかと思い、その場はひとまず流すことにした。


(……なんなんだ、いったい)


 そんな俺の心中なんてお構いなしに、由真の母親は深いため息をついてから、俺のケガの具合を気遣ってくれる。病室内はまた穏やかな空気に包まれた。


 最初はただの偶然で出会っただけの二人。でも、これから先どう関わることになるんだろう――痛む腕をさすりながら、俺は目の前の金髪の親子を見つめつつ、ぼんやりとそんなことを考えていた。

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