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うちの猫は液体です  作者: 秋葉夕雲
第二章
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第31話 唆し

「交渉は決裂ね」

 そう吐き出すと葵はククニの頭を蹴り飛ばした。限界ギリギリまで加減していたが、冷静さを欠いている真子にはそれがわからなかった。

「ククニ!? 何するの!?」

 たまらず駆け出すが、それを五月が止める。小枝のように細い体はあっさりと取り押さえられた。

「何? もうこいつには用がないから蹴っただけよ」

 その言葉に真子は怒りで顔を真っ赤にさせ、息を荒げるが、悲しいほどにその体は脆弱だった。

「皆本さん、やりすぎです!」

 真子を制圧しつつ、しっせきの声を飛ばす五月。半分演技、半分本音だった。

「ぺつにいいでしょ。どうせ記憶がなくなるんだし」

「そ、それって、ククニを殺すってこと?」

「そう言ってるけど?」

 冷酷な台詞に似つかわしい表情で真子を見下す葵。

 それを見て真子は怒りの炎が消え、恐怖と絶望に青く染まった。

「お……」

「お?」

「お願いします……な、何でもしますから……く、ククニを助けてください」

 ほとんど土下座のような態勢になりながら真子は懇願する。

 相手から見えない位置で葵は再び残酷な笑みを浮かべる。

「そう。なら覚悟を示しなさい」

「か、覚悟?」

 恐る恐る真子は顔を上げる。

 そこには再び傲慢に見下す葵がいた。

「そ。覚悟ってのは二種類あるわ。努力するか、大事なものを切り捨てるか。でも今は努力を見せる時間はない。わたしの言いたいこと、わかるわよね?」

 もはや真子は完全に葵の勢いに呑まれていた。

 戦いの中では押し殺している気弱さを隠しきれていなかった。


(こうなった時のお嬢さんは脆い。逆にもう少し追い詰められるとブレーキが壊れて突進しだすのですがね)

 ククニは心の中で冷静に分析していた。

 彼にとって自分の危機はそう大した問題ではない。

 夢の中で殺されたとしても知性を失うだけ。つまるところそれは元に戻るだけなのだ。悲観するべきことでも、喜ぶべきことでもない。

 ただ水が流れるように出来事が過ぎ去るだけ。人間では想像しづらい達観である。

 ギフテッドのすべてがこのように考えているわけではないが、こういう意見を持ったギフテッドは少なくない。

 だがそれでも自らの相棒はそうでない。

 これから数十年も人生は続く。

 それにずっと一人で耐え続けなければならない。あまりにも不憫だったが、一方で自分が下手に力を貸すと彼女が成長できないことも想像できていた。

(さて。どうなりますやら)

 



 弱弱しいが間隔の狭い呼吸を繰り返す真子はようやく言葉を絞り出した。

「た、大切なものって……それ、ククニのこと……?」

「違うでしょ。まだあるじゃない。例えば……家族とかね」

 びくっと真子は体を震わす。

 彼女の顔はいよいよ死体のように青白くなっていた。

「皆本さん。いくら何でもそれは……」

「必要でしょ? ねえ、ククニ? ここにこの子の母親を呼ぶことってできる?」

「ふむ。しばしお待ちを……おや。偶然ですが彼女も月のものが来ているようです。ちなみにオーナー以外はここでの記憶は自動で消去され、スキルを使っても傷がすぐに塞がります」

「なら都合がいいわ。これは提案よ。あんたの母親をぶっ殺してみせなさい。傷はつかないんだから殺したところで現実に影響は出ないでしょう?」

「そ、そんなことで覚悟の証明になんかならないんじゃ……」

「どうかしら? わたし、いとこを半殺しにしたことがあるんだけど、それ以来人生観変わったわよ?」

 とんでもなく暴力的な発言に真子どころか五月でさえ驚いていた。

「あなたを一般人と比較するのはどうかと思いますが……」

「なによ。人を犯罪者扱いしないでくれる? で、どうするの? もう時間がないみたいだから……」

 言葉を切った葵はククニの頭を踏みつける。

「や、やめて! や、やります……く、ククニ。お母さんを呼んで……」

 地獄の門をくぐるように覚悟と悲壮感を絞り出した声。

「承知いたしました」

 それに対してククニは淡々とした反応だった。

 やがて、飾り気のない大人の女性が蜃気楼のように歪んだ空中から現れた。


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