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うちの猫は液体です  作者: 秋葉夕雲
第二章
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第28話 鳴り響け

 さつまのギフトは吸血鬼で、自分の体を液体化する能力になっている。

 単純な物理攻撃には極めて強い耐性をもつものの、攻撃は不得手だ。これが葵と五月の評価だった。

 その評価について葵も別に不満はない。もとより彼女がさつまに対して不満を述べることなど無い。彼女からしてみれば愛猫が傷つく可能性が一パーセントでも下がるのならどんな些細なことでも歓迎するだろう。

 だがそれはそれとして相手を攻撃する手段を確保しなければこの先生き残るのは難しい。それにより五月から提案されたのはとてもとても単純な事実だった。

『たいていの陸上生物は呼吸をしなければ死亡します』




 液体になったさつまはククニの頭部に襲い掛かる。皮肉にもそれは蛇のように細長く、巻き付くようにとりついていく。

「ク、ククニ!? 息が!?」

 すぐに水の玉はククニの顔を覆った。当然ながら呼吸できるはずもない。

 液体で相手を窒息させる。これがさつまの新しい戦術。

 ちなみに葵はこれを説明するためにさつまにぬいぐるみを使ったデモンストレーションを三十分かけて教えていた。

 その練習中彼女は、『さつまに顔を覆われるなんてうらやましい』などと妄言をのたまい続けていた。

(これはいけませんな。ただ顔を水で覆われただけではありません。吾輩の口の中に入ろうとしている)

 意外と自分の意志で呼吸を止められる純粋な陸上動物は多くない。それゆえたとえ水を飲んでしまうと分かっていても、ククニは呼吸を止められない。

 窒息などという生ぬるいものではない。肺に水が溜まれば空気の交換ができなくなりたとえさつまを振りほどいたとしてもしばらく呼吸困難になることは避けられない。

 だが偶然にも、ククニには水を排出する手段があった。

 ククニは口を大きく開き。そこから黒い球体を吐き出した。

 蛇を生み出すナティビタスはその前段階で黒い球体を吐き出さなければならない。普段なら手間のかかる予備動作でしかなかったが、それがククニの命を救った。

 球体と共に液体になったさつまを体外に排出し、ぶるんと首を振り回す。

 遠心力によってさつまはククニから引きはがされた。

「ふにゃあ!?」

 悲鳴を上げ、衝撃のせいなのか、スキルで造られた霧が一瞬にして晴れる。そこにククニが作り出した半透明の蛇が襲い掛かる。

「さつまあ!?」

 叫び声を上げた葵は信じがたいスピードで、しかしギフトを使わずに普通の人間の足でさつまの元にたどり着き、さつまを掬い上げ……その勢いのまま、会議室の奥側の壁に激突した……が、今度はギフトが発動し壁を破壊して奥の部屋に転がり込んだ。

「いっつつつ……って全然痛くないわ。このギフト、どういうタイミングで発動するのかよくわかんないわね」

 頭をさする葵だったが、腕の中のさつまの怒りの声で前を向いた。

 半透明の蛇が襲い掛かってきたのだ。

 たん、と床を蹴り上体を起こす。そのまま素早くバックステップを繰り返す。しかし前の蛇に気を取られ、背後にある何かに気が付かなかった。

「え!?」

 思わずバランスを崩し、何かに手をつく。するとバーンと大きな音が鳴る。何かの正体はグランドピアノだった。

(高そうなピアノね。ってそんなことどうでも……?)

 前を向くと蛇たちが一時停止のように止まっていた。

「こいつら……ピアノが苦手なの? ううん、そうじゃない、そういえば……」

 レトロなラジカセがこの建物の中にあった。興味本位でボタンを押しても動かなかったので電気が必要なものは動かないのかと思っていた。しかし水道などは通っているようだった。ラジカセが動かないのには何か理由があったのではないか。

 つまり、蛇の、ククニのギフトには音楽が関わっている。

 ばらばらになっていたピースがハマり合う。

 アボリジニ。

 夢。

 音楽。

 赤い景色。

 蛇。

 水。

 最後の確信を得るために叫んだ。

「五月!」


 応戦するアポロを見守りつつ、こちらも何らかのアクションを取るべきか迷っていたところに五月は葵の声を聴いた。

「五月!」

「何ですか!」

 姿は見えないが、奥の部屋の方から聞こえてくるその声は助けを求めるような響きではない。あれは何か論理を組み立てた時の声だ。

 ともにいくつかの死線を潜り抜けてきたからこそわかる。

 そして同時に最後の一歩を踏み出すために、自分の力を必要としていることも理解できる。

 だからどんな質問にも瞬時に答えられるように身構えて―――――。

「あんた今日生理!?」

「セクハラですよ!?」

 意味不明な質問に脊髄反射で答えてしまった。


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