第27話 霧中
アパートから逃げ出した真子とククニが次に逃走先として選んだのは緑の会の本部だった。奇妙な人影を横切り、会議室に逃げ込む。ここには花瓶などがあるため相手に水をかけて行動不能にさせるという作戦を取りやすい。
ククニのギフトには、一定時間が経過するか相手に見つかるまで自室を動けないという制約があるため、アパートの近くにあるこの場所は二番目に戦いなれている場所だった。
「あ、あの人たち、追ってくるかな?」
「シュー。来るでしょうな。向こうはもうすぐ時間切れであると知りません。犬の鼻なら追うのは容易でしょう」
ククニのギフトは七時間が経過すると自動的に解除される。少なくとも脱出するだけなら葵たちは何もしなくても可能だ。
「そ、それならここで迎え撃とう。……ば、バリケードとかは意味ないよね……ゴリラだし」
「おそらく猫の方がオーナーを強化するギフトでしょう。直接我々を攻撃しないところを見ると物体を破壊するギフトか何かでしょうな」
その推測は誤っているが、葵がわざと自分のギフトを目立つように戦っていたから気づかないのも無理はなかった。
『ネブラ』
どこかから言葉が響く。位置がわからない相手がアクションを行った場合、声の方向が判別できないが宣言されたことだけは理解できるようになっている。
「ん? あれ? これ……」
きょろきょろと真子が辺りを見回すと部屋の視界が悪くなり、白く覆われていった。
「シュー。これは煙……いえ、霧ですかな?」
「あ、相手のスキル? ククニ。見える?」
「もちろんですとも。吾輩は……おや」
ククニが言葉を言い切る前に会議室のドアが吹き飛んだ。
「さあ! 追いかけっこは終わりよ!」
勢いのある言葉と共に葵が会議室に殴りこむ。
「や、やっぱりゴリラじゃん……」
「また言ったわね!?」
葵は手近な机を掴んで放り投げる。ギフトの不発を避けるために真子とククニには当たらないようにしたものの、霧を貫いて壁に机が突き刺さる。はたから見れば尋常ならざる怪力であるためゴリラ呼ばわりも仕方がな
「五月! なんか言った!?」
「気のせいでしょう。アポロ。あなたも行ってください」
「はいですワン!」
アポロは霧をものともせず、机をすり抜けるようにククニたちに突進する。
「申し訳ありませんがそこを通すわけには行きませんな」
ククニの宣言と共に机の裏側や足に潜んでいた蛇がアポロにとびかかる。スキルで生み出されたかりそめの蛇をあらかじめ配置しておいたのだ。
蛇たちはアポロの顔面だけを集中的に狙っていた。
アポロのギフトは四肢を再生する能力だと判断しており、事実としてアポロのギフトでは内臓や脳は再生できない。
複数匹の蛇に阻まれ、アポロも走りを止めた。
「『ルーガム』」
先ほどのアクションの結果で五月はスキルを一つ使用可能にした。そのカードをここで切る。
蛇たちはアポロの前足を叩きつけられるとぐしゃりとしわくちゃに折りたたまれ、消える。
だがしかし蛇の数はまだまだ多い。戦況の天秤はまだまだ定まっていない。
そうククニは予想したが、疑問が生じた。
(妙ですな。吾輩に目くらましは通用しないと分かっているはず)
ピット器官は霧でも相手を『見る』ことができる。
ククニたちの居場所を見つけるまでにその事実に気づかなかったのだろうか?
疑問に答えたのは真子だった。
「ククニ! 何か近づいてる!」
真子の叫びと同時に、ぴちゃりと水の跳ねる音。
ククニがそれに気づいたときにはすでに遅かった。
液体化したさつまはすでにククニの近くに忍び寄っていた。
単純な理屈である。ピット器官は熱を感知する器官。さつまがギフトによって液体化した場合、温度は猫の体温ではなく室温とほぼ同等になる。ゆえに、熱力学的なステルス効果を発揮する。
スキルによって霧を出したのはピット器官に集中させるためだ。さらにあえて葵自身が派手に音を立てることで注意を逸らしていた。
そしてついに、さつまは敵を射程距離内に捉えた。




