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うちの猫は液体です  作者: 秋葉夕雲
第一章
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第8話 答え合わせ

 向き合う二組は目線だけで火花を散らす。

 オールインを宣言した葵はゆっくりと解説を始めた。

「まず、アポロちゃんのギフトは体が分裂する、増殖する特性から考えてギリシャ神話のオルトロス……じゃないわよね」

「さて、どうでしょう」

 この程度のはったりなど気にも留めない。そういう態度だった。だが葵も予想通りではある。

「言い切れるわよ。ベットで私に開示された情報は関連する植物。その内容はトウモロコシよ。運が悪かったわね。こんな重要な情報を渡しちゃうなんて」

「……」

 相も変わらず五月は無表情だったが、沈黙の重量が増したようだった。

「何を言う、ですワン! トウモロコシなんてどこにでもあるワン!」

「いいえ。それがないのよ、アポロちゃん。トウモロコシはコロンブスが15世紀に自分の国に持ち帰るまでアメリカ大陸にしか存在しなかった。だからトウモロコシが現れる神話はほぼアメリカの土着神話のみ。そして可能性が最も高いのはトウモロコシの起源とされる中南米のマヤ・アステカ神話」

「ずいぶんと博識ですね」

「ん、まあね。父親が神話学者だったのよ」

「だった……?」

 五月の呟きは小さすぎて葵の耳には届かず、彼女はそのまま話し続ける。

「さらにアポロちゃんのギフトは単なる再生じゃない。傷のついた場所が二対に増殖する。そういうギフトよね。これは多分だけど双子や奇形と関連するはず。さらにあなたの新しいスキル。あれ、地面を操ったりものを壊したりするものじゃない。触れたものに皺を刻む。そういう能力じゃない?」

「……」

 やはり五月は黙して語らず、表情も動かない。少なくとも葵はそんな風に感じたが、アポロは今までの饒舌さが消え、尻尾が徐々に下がっていることに気が付いた。

「よってアポロちゃんのギフトは特定できる。ケツアルコアトルの従者、あるいは分身(ナワル)にして犬の顔を持ち、皺を寄せるという意味のショロチャウイに近い名前の神。ショロトル!」

 その名はやはり正しかったのか。

 どこからともなく現れた灰色のナイフがアポロを突き刺した。


「きゃうううううん」

 アポロちゃんは痛々しい悲鳴を上げて地面に倒れた。

 灰色の刃ってことはショロトルの死因?

 ショロトルは第五の太陽を創造する儀式で生贄になる、または生贄を捧げることがある。その際、火打石の刃をふるっていたはずだ。ギフトを一時的に失うことを視覚化した結果そうなったのだろうか。

 でも今は考察よりも先に、やらなければならないことがある。

「さつま! アポロちゃんは任せるわよ!」

「うにゃあ!」

 水きり石のように飛び跳ねるさつまが倒れ伏す犬に向かう。

 ギフテッドはギフテッドと。オーナーの五月は……私が一発ぶん殴る!

 さつまの後を追うように全速力で走る。さっきからそれなりに走り回っているので息が苦しく、さつまにギフトを使わせるために指のかみ傷を広げたせいで痛みもひどい。なので強引に脳内麻薬でそれを紛らわせる。

 アポロちゃんを助け起こそうとしていた五月は私に向き直った。

 間合いに入った瞬間腰を入れて相手のみぞおちに突きを叩き込む。久しぶりの動作だったが、かつて数年間続けていた型は自然と体を動かした。

 が、あまりにも動きが素直すぎたのか相手の腕で捌かれた。それどころか相手は姿勢を低くしてこちらにタックルしてきた。

(レスリング、いや、総合!?)

 地面に押し倒され、呼吸が余計に苦しくなる。

 マウントポジションをとった五月は懐から何かを取り出した。

(ボールペン?)

 それは確かにどこにでもありそうなペン。だが、この状況で取り出すということは、普通のボールペンであるはずがない。

 ほぼ反射的に地面を掴み、相手の顔面に砂をかけながら首を捻る。

 目測を誤ったのか、ボールペンは地面に突き刺さった。バランスを崩した相手を強引に跳ね飛ばす。

 お互いに間合いを測り、息を整える。

「砂かけなんて……ずいぶん汚い戦い方をしますね」

「ボールペンに暗器を仕込んでる奴に言われたくないわよ!」

 どうやらあのボールペンには力を入れて突き刺すと飛び出る刃があったらしい。どう考えても暗殺者か何かの武器だ。

 向こうも本気らしい。

「ふにゃあああああ!」

「さつま!?」

 悲鳴のしたほうに目を向けると再び立ち上がるアポロちゃんがいた。

「ちょっと!? オールインの効果時間短くない!?」

 思わずラプラスに文句を言うが、やはりこいつは悪びれない。

『いや、そりゃお前のせいだよ。ギフテッドはオーナーが危機に瀕すると強化されるんだ。お前が何もしなきゃまだ倒れたままじゃねえかな』

「そういうのは先に言いなさいよ!」

『お前が聞かなかったんじゃねえか』

 舌打ちして問答を打ち切る。とりあえずこれで状況は五分と五分。

 オールインは一度使うとしばらく同じ相手には使えないらしい。一方でオールインが成功した相手もしばらくベットを宣言できないらしい。

 ノーマルな殴り合いを演じるしかない。

 そう覚悟を決めたとき。

「お! やっとるやん!」

 軽薄そうな関西弁が聞こえた。


 葵は気軽そうな関西弁が聞こえた方向を向く。

 ヤンキーファッションに近いチャラそうな男性がいた。金髪やズボンについた鎖といい、無理に若者を気取っているようにも見える。

「誰?」

「河登さん」

 両者の反応は対極だった。

 葵は怪しみ、五月はほっとした声音だった。それで葵も状況を察した。

「ようは私の敵ってことね」

 警戒しつつ、周囲をちらちらと窺う。十中八九この男もオーナーであり、ギフテッドも一緒にいるはずだと推測した。

「まあそやね。申し訳ないんやけどちょい眠ってもらうで」

「勝手なこと言わないで……」

 葵の言葉は最後まで終わらなかった。

 彼女とさつまは何かをする暇さえなく、どん、と地面に倒れた。河登は指一本動かしていない。何もせずに敵が倒れる。

 もはや戦いすら成立していない一方的な殲滅だった。

「……相変わらず、何をしたんですか」

「いやいや、ギフトは個人情報やからなあ。そう簡単には言えへんよ」

「質問を変えます。この子はどうするつもりですか」

「さて、そやなあ。ボスからは懐柔策を提案されとるで。君の意見はどうや?」

 五月は考え込む。

 ここで始末するべきと言えば実行するのが河登という男だ。今までの付き合いで彼の決断力はわかっている。

 つまり猫のオーナーが使えるのかどうか見極めろと試されているのだろう。

「度胸はすごいですね。普通いきなりこの戦いに巻き込まれたら右往左往しているうちに倒されます。それにアポロのギフトもすぐに見抜かれました」

「ほんまに? 君のギフトアステカ神話やんな? 普通の日本人やったら知らんよ?」

「そうですね。ただ……猫が大事すぎるというか、それだけで命がけの戦いに挑めるというのは……」

「頭のねじが飛んどんのか。ええやん。この戦いはそんくらいやないと生き残られへんで」

 その言葉で彼女の処遇はほぼ決まったようなものだった。

 春だというのにやけに冷たい風が通り過ぎ、ぶるりと体を震わせた。


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