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うちの猫は液体です  作者: 秋葉夕雲
第二章
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第13話 葵の過去

 視界が定まると五月の目の前には少女がいた。その子は数人の少女に囲まれていた。どうやらここは学校の教室らしい。

 その顔を見て、ぎょっとした。顔の輪郭がぼやけていたり、バランスが崩れていたのだ。

 キュビズムの絵画で福笑いをしたようなイメージだろうか。先ほどは意識がはっきりしていなかったのでわからなかったが、まともな人間の顔には見えない。

「つまり……これは皆本さんから見た人間の顔……?」

「確か、葵様は人の顔を認識できないのですワン?」

「ええ。相貌失認……しかし、こんな風に見えているのですね……」

 五月はうねうね動く青虫を見たように背筋がぞわぞわとする感覚を覚えた。葵にとってはこれが日常。

 こんな、人間が()()のようにしか見えない風景が当たり前。

 こんな世界で生きてきた葵に同情する心が浮かんできた。

「アポロ……あなたから見てもこれは異常ですか?」

「は! 我々でももっと他人を正確に認識できますワン! もちろん、臭いでも判断可能ですワン!」

 つまり葵が人間を視覚で認識する能力は犬以下ということになる。

 五月は思わず首を強く横に振った。

「それよりも何が起こるのかよく見ましょう。これもギフトの影響のはずです」

 五月の言葉を待っていたかのように、今まで微動だにしなかった少女たちが動き始めた。


『そうなんだ。じゃあ葵ちゃん、顔が覚えられないんだ』

『うん。そうみたい。そういう病気なんだって』

 そう答えた少女が葵だろう。

 いつもつけている赤いリボンのおかげで彼女が葵だと五月にもわかった。

『そっかあ。だからわたしたちの名前を何度も聞いてたんだあ』

 葵を囲む少女たちはやや戸惑っているような気がした……表情が見えないのでそう判断するしかない……がやがて、少女時代の葵を歓迎するように答えた。

『病気ならしょうがないよね。ごめんね、いい加減名前を憶えてなんて言っちゃって』

『いいよ。私が顔を覚えられないのが悪いんだし』

(……)

 五月も葵が相貌失認を気にしていることには気づいていた。であるのなら、この先の展開も予想がつく。

 少しだけ場面が変わる。少女たちの背が少し大きくなっていた気がした。

『ねえどうして』

 葵が他の少女たちを詰問している。

 それに対して少女たちは気まずそうだった。

『どうして名札を入れ替えたりしたの?』

 五月は以前葵にとって名札は人を見分けるための生命線だと言っていたことを思い出した。もしも名札を入れ替えてしまえば、葵からすると顔と体をまるきり変化させたようなものなのかもしれない。

 それは五月の想像だった。だが、この少女たちには想像ができなかったらしい。

『だって……こんなに仲良くなって一緒にいたんだから……もう顔くらい覚えてると思ったの……私たち、友達でしょ?』

 その言葉を子供らしい無邪気さと残酷さを併せ持つ言葉だと彼女は理解していない。

 なぜならそれは。

『私がショックだったのは一年以上一緒にいた友達の顔がわからなかったことじゃない』

 突如として声が響く。どこから発せられているのかわからない声だった。

「これは……皆本さんの心の声でしょうか」

「口が動いてないようなので、その時思ったことが声に変換されているのかもしれませんワン」

『ちゃんと説明したはずなのに、ずっと一緒にいた友達にも相貌失認のことを全く理解してもらえなかったこと。相手が好きだとか愛しているとかそんなものは関係なく私には人の顔がわからない』

 淡々と、感情を押し殺したような声に胸が締め付けられるようだった。五月は葵が努力して人の顔を覚えようとしたこともあったと聞いていた。それはおそらくこういう経験があったからだろう。

『きっと、そんな気はないんだろうけど。わたしには友達なら顔と名前を憶えていて当たり前。そう言っているように聞こえた』

 ふっと少女たちが陽炎のように消える。

 それと共に教室の風景も歪んでいく。おそらく元の場所に戻るのだろう。その間に、五月は自らの心を整理しなければならなかった。

(私は皆本さんが私の顔をわからないことをありがたいと思っていました。でもそれは皆本さんの気持ちを無視してはいないでしょうか)

 五月にもそういう経験はある。

 ものごころついたときから美人だともてはやされ、一時は純粋に喜んでいたがそれはやがて重荷へと変わった。

 つまるところ、自分がされて嫌だったことを自分がしてしまっているのではないか。

 それが彼女の懊悩の核心だった。


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