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うちの猫は液体です  作者: 秋葉夕雲
第一章
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第56話 二人

 突然の同居の提案に葵は難しい顔になった。

「ん、んんーー」

「……そこで悩まれると流石に少し落ち込むのですが」

 悪かったわね、と葵は小声で謝る。

「でも、あの家に誰かを住まわせるのはちょっと抵抗があるのよ。あの場所は先生が残してくださった私とさつまの家だから」

「あなたが先生や家族に強い思いを抱いているのはわかります。ですが私を住まわせた場合二つの利点があります」

「何よ」

「まず、あなたが忠一の面倒をみることができます」

「あんた……私が断れない前提で話を進めてるわね」

「ええ。違いますか?」

「その通りよ。理解してくれて光栄だわ」

 葵は受けた恩と借りを返さなければ気が済まない性格だとすでに五月は理解している。それゆえにギフテッドでなくなった忠一を保護するよう特害対のメンバーに要請していた。

「もう一つはあなたを守ることができます」

「どういう意味よ。協力関係だけど一方的に庇護されるつもりはないわよ」

「いいえ。昨日、悪側には最後に残った一組に褒美が与えられると言ったことを覚えていますか?」

「たしかそんなこと言ってたような気がするけど……」

「悪側のご褒美は人類を滅ぼす力が手に入るそうです」

「……ああ、なるほど。わたしのギフトがそのご褒美じゃないかってことね」

 八岐大蛇のギフトは倒した相手に移る。ならば最後に生き残った組にギフトが宿るのは必然。

 そして現在の八岐大蛇のギフトはまさに人類を滅ぼすのにうってつけの能力だ。もちろん、代償さえなければ、だが。

 とはいえその代償さえも神々が定めたルールに基づくもの。神々ならば取り除くこともできて不思議ではない。

 悪人ならば喉から手が出るほど欲しがり、善人ならば命に代えても破壊しようとする力。それが私に宿っている。

「景品を求めてる連中に景品を投げ込むとか、ひねくれてるわね」

 この推測が正しければ葵は他の陣営から徹底的に狙われることになる。悪側にとっては景品として。善側の生き残りにとっては危険因子として。

 こうなってくると先ほどラプラスが言っていたこの展開は予想外というのも眉唾だ。こちらの行動を予測し誘導したのではないかと疑いたくなる。

「神様らしいのでは?」

「そうかもね。いいわ、一緒に住みましょう。アポロちゃんも一緒よね」

 五月は内心ではほっとしていたがそれをなるべく悟られないようにした。何故そうしたのかは自分でもよくわからない。

「そうですね。一応、面倒を見るための道具は持参しますし、必要なものは特害対からお金が出るそうです」

「よし。できるだけふんだくるわよ」

「同感です」

 お互いに両親を早くに亡くしているせいか、金銭に対してがめついようだった。

「浮いたお金で……そうですね。髪留めかリボンでも買いに行きませんか」

「髪留め? あ、もしかして……」

 自分の髪を触る。そこにあるはずのリボンはなかった。

「すみません。探したのですがあなたのリボンは見つかりませんでした。何か思い入れのある品でしたか?」

「……ただの安物よ」

 それが真実であるかどうか五月は判断できなかったが指摘するのは野暮な気がした。

「なら、退院したらまず買いに行きましょう」

「そうね。せいぜい楽しみにしておくわ」

 口調とは違い、葵の表情は皮肉や嘲りがなく晴れやかな笑顔だった。

「はい。では、また」

「ん、じゃあね」

 すっと立ち上がりドアを開ける。外にはちょこんと座るアポロが葵を見て微笑んでいた。

「アポロちゃんも、またね」

「ワン!」

 五月は軽く頭を下げるとアポロを連れだって今度こそ立ち去った。

「はあ。疲れたわね。さつま」

 ふとキャリーバッグの中を見るとまぶたが閉じかかっていた。

「お休みね。私も寝ようかしら」

 疲労は重く、ずいぶん眠っていたはずなのにうとうとしそうになる。

 しかし。

「何か忘れてるような……」

 寝る前によくある不安感に襲われ、頭をひねる。

 そしてはっとした。

「あ、学校!」

 素っ頓狂な叫びをあげた葵をさつまがきょとんとした瞳で眺めていた。


第一章は今回で完結になります。

第二章は来週投稿予定です。

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