第6話 戦う理由
ラプラスと話し終えた私はリードを樹につなぐ。
『おい。何してんだよ』
「決まってるでしょ。さつまを危険な目に合わせられないわ」
『はあ? お前、この戦いの趣旨がわかってんのか?』
「わかるわよ。人間は情報戦。ペットは肉弾戦。それで勝ち上がれってことでしょ?」
何故始まったとか、どうやったら終わるか、とかそんなことはわからない。でも大事なのはそんなことじゃない。
「気に食わないのよ。自分は安全圏で大事なさつまが傷つくのを見てるだけなんて」
『おいおいおい。それじゃこっちは困るんだよ! 場合によっちゃペナルティをくわえるぞ!』
初めて聞く困惑の声にちょっと気分がいい。運営側を自称するだけあり、ルール破りはよろしくないことなのだろう。もちろん従うつもりはない。罰則だろうがどんとこいだ。
お気に入りの場所であるさつまの喉元をなでる。
「さつま。ちょっと待っててね。私がちゃんと……」
あなたを守るから。そう言い終わる前に。
ガブリ。
さつまの牙が私の手に食い込んでいた。しかも結構きつく。
「あ、ばばばば。さささあっさざあさあざあざざああ。さつま。どおどどどどどどうしたの? お、おおおお思いっきりかかっか、かむなんてひさしぶりじゃなななないいい????」
優しく(少なくとも葵にとっては)尋ねるが、さつまは不満そうに耳を逸らし、しっぽを地面にたたきつける。
何とかさつまの心情をくみ取ろうとした私の横からからかうような助言が跳んでくる。
『そりゃあ不満なんじゃねえか? 自分だって戦えるって言いてえように見えるけどな』
「あんた、さつまの言葉がわかるの?」
さっきのアポロは言葉をしゃべっていた。なら、このラプラスもそんなことができるのだろうか。
『いいや? ギフテッドは言葉を話せるはずだが、こいつはどうもエラーが起こってるな。だが言葉を理解している可能性はあると思うぜ』
確かにここ最近さつまは私の言葉の意をくんでいるような行動が多い。もしかすると賢くなっているかもしれない。
だが、ラプラスは運営側だ。私をそそのかして戦わせたいだけということもありえる。
目を逸らさず、さつまを見る。不出来な私だが、それでもさつまを誰よりも見てきた自信はある。
さつまは瞬きもせずにじっと私を見つめてくる。怒っている仕草……だと思う。どう頑張っても動物の言葉はわからない。もしも正しくギフテッドというものになれていたのならそんな心配は必要なかったけれど。それはとても素晴らしいことだ。
ペットの言葉がわかるなんて、猫飼いの夢だろう。……そう思うと飼い犬と会話している五月とかいう女に腹が立ってきた。
ああいや、さつまを傷つけようとしたあの女に対してはさっきから怒り心頭だけれど。いや、今はあれのことはどうでもいい。それよりもさつまだ。
もしかしてラプラスの言う通り、私の心配をしてくれるのだろうか。もしそうなら、とてもうれしい。私のさつまに対する愛情が一方通行でないということだから。
猫の心はわからない。だから、経験と知識を信じて行動する。
「そっか。うん。一緒に戦おう」
リードを解いてハーネスを外す。
すると機嫌よくすり寄ってきた。ひたいを手の甲に押し付けてくる。
『覚悟は決まったか? ああ、戦う覚悟じゃねえぜ? 自分の猫を傷つける覚悟だ』
「不愉快だけどね。やるしかないでしょ」
そう宣言すると私のスマホ……つまりラプラスからファンファーレが鳴り響いた。
『おめでとーう。レベルが一つ上がったぜ? 新しいスキルを習得だ』
「何そのゲームのボイスみたいなの……ていうかレベルって……まあいいわ。それで何ができるのよ」
『ああ。このスキルだ』
ラプラスが何やら文を表示する。
……うーん。
「正直使ってみないとわかんないわね」
『ま、みんなそんなもんだ。ほれ、もう来てるぜ』
背後を振り返るとアポロと五月がもう近くに来ていた。
よし。
「もうちょっと逃げるわよ。さつま」
戦いの要は場所選び。おそらくだが、相手は私をなめている。そこが勝機であるはずだった。