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うちの猫は液体です  作者: 秋葉夕雲
第一章
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第50話 あなたの名前を

 この大雨の中でも水をはじいているようにピンと伸びた紙。

「契約のギフトだっけ。内容は……お互いに最後の一組になるまで協力する……ずいぶんと準備がいいわね」

「ボスに押し付けられました。こういうやり方で勢力を拡大した組織ですから。どうしますか?」

 選択の余地はない。

「……ペン持ってる?」

「どうぞ」

 それは昨日見たボールペン。おそらく、暗器。

「……あんたもいい根性してるわよね」

 奇妙な契約書に名前を書くとやはりその文字が腕に絡みついた。

 もう巨大な水の猫は二十メートルもない距離だ。先ほどから動いていないのですぐに追いつけるだろう。

「そういえばわたし一回ベットしたわよね。あれ、なんだったの?」

「あの時公開された情報は伝承が発生した地域です東欧でした」

「東欧ね。うん、いけるわ。確信はないけどさつまのギフトは……」

 ぴたりと葵の口が止まる。明らかに不自然に。

「皆本さん? どうしました?」

「言えない。口が動かない。こういう時たいてい原因は……」

 とりだしたスマホを睨みつける。

「ラプラス! どういうつもり!?」

 潰されたカエルのような悪魔が画面ににたりと笑顔を浮かべていた。

『そりゃあ、そいつは不公平だってことだよ。暴走させたのはお前なんだからもっと努力しろよ』

 けたけたと笑いながら悪魔は語る。

「五月にさつまのギフトを明かすってこと自体リスクのある行動でしょう!? 文句あるの!?」

『あるさ、あるさ。おおありだよ。お前たちが見せるべきなのは心の底からの戦いだ。こんな楽に達成される困難じゃない』

 小さく悪態をつきながら吹きすさぶ雨に負けないようにしゃべる。

「五月! あんたさつまのギフトに心当たりはある!?」

「ありません。あなたがベットした時に得た情報だけでは私の知識では判断できません」

「あれから時間があったけど調べようとしなかったの?」

「戦闘中以外でもギフトを調べる行為はラプラスに禁止されています」

 再び悪態をつく。今度は五月にも聞こえただろう。

「徹底的に蓄えた知識で戦えってことね。腹立つわ。でも、これは絶対に五月も知ってるギフトなのに……」

 イライラしていると、ぐりんと水の巨大な猫がこちらを向いた。いや、向いたという言い方は適切ではないかもしれない。

 何しろその猫には首がないのだから。

「さつま。さつま! ねえ、大丈夫!?」

 しかし水の像は何も言わず、その前足で葵たちを押しつぶそうとする。

「ワン!」

 そこにアポロが立ちはだかり、前足を食い破る。

 だがしょせんそれは大海の一滴にすぎない。見る間に水が集まり、修復される。

「何とかして時間を稼ぎますワン!」

 それでもアポロは果敢に立ち向かっていく。

「これは、やはりオールインしかなさそうですね」

 五月も忸怩たる思いで水の像を見上げる。

「そうは言っても……あ、でも……」

 ぶつぶつと呟いていた葵は突如妙なことを言い出した。

「五月! 今朝あって、今空にないものは何!?」

「皆本さん? 突然何を……? ! そういうことですか」

 答えは口にせず、五月はただ首肯した。

(よし。こういうやり方なら伝えられる。それじゃあ次は……)

 再び謎かけを出そうとしたところで……葵の口は止まった。

「ラプラス……あんたねえ……」

 もしも視線に熱があれば燃え盛ることが間違いないほどの激しさでラプラスを睨みつける。

『けけけけけ。何度も同じ手なんてつまんねえだろ?』

 もうこの手は使えない。だからこそ必死で頭を回転させる。

(指さしたり、文字は当然駄目でしょうね。手話? できないわよ)

『おいおい。もうギブアップか? もっと頭つかえよ』

「誰が……」

 反論しようとしたところでぴたりと葵は動きを止めた。

「皆本さん?」

 まだ葵は動かない。そしてようやくラプラスに対して八つ当たりのような言葉をぶつける。

「頭をつかえ、ですって? あんたが? よりにもよって頭をつかえ?」

 一音一音区切るようにゆっくり発音する。

「時間もない。猶予もない。うかつなことは言えない。じゃあどうしろっていうの!?」

『そいつを考えるのがてめえの仕事じゃねえかよおお!』

 葵は気分を逆撫でするような声で嘲るラプラスを見ずに、五月だけを見つめる。

 付き合いは短いが、時間の密度は濃い。全く無意味な視線ではないと理解した。

 五月がその頭から知恵を絞って出した答えは。


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