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うちの猫は液体です  作者: 秋葉夕雲
第一章
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第47話 移行

 さつまが暴風のように立ち去ってからわずかに茫然としていた五月だったが、なんとか正気を取り戻し、葵の治療を試みる。もちろん、無駄であることは理解したうえで。

 そんな五月に声をかけたのはよろよろと歩み寄ってきた忠一だ。

「今……八村のギフトはどうなってるでちゅう?」

「八村のギフト? そんなことを気にしている暇は……いえ、もしも再生能力を皆本さんが手に入れていれば……」

 だがそれはあまりにも希望的観測がすぎる。

 八村の言葉が正しければ八岐大蛇のギフトは能力が移行するたびに変化する。再び八村のギフトと同じになるとは限らない。

 それは代償にも言える。禁酒なら間違いなく条件を満たしているが、飲酒の習慣が全くない葵に代償がそのままであるとは思えない。

 この戦いの運営側である神々やラプラスはかなり意地が悪いのだから。

 そしてそもそもの問題として八村のギフトが移行しているのか。

 直接の死因は狙撃手の矢だ。しかしその直前に八村を追い詰めていたので、間接的に八村を倒したと認識される可能性はなくもない。

 だが結局のところ。

「意識のない皆本さんはギフトを意識的に使うことができません」

 ギフトの中には自動的に発動するものもあるらしいが、少なくとも葵の傷が治っている様子はない。

 悔やむ間にも血はどんどんと流れ落ちる。それはつまり命が流れ落ちているということだ。

「もしも……そのギフトが強化されたとしたらどうなりまちゅう?」

「それは……どうなるかわかりません」

「可能性はありまちゅうよね?」

「忠一? あなたさっきから何が言いたいのです?」

「あっちのギフトは占いじゃないでちゅう。あっちのギフトは成長のお祝いにささやかな報酬を与える。あっちにその人を助けたいという気持ちがあれば、言葉を届けたりもできるでちゅう。どうか。あっちの正体を当ててほしいでちゅう。……『ベット』でちゅう」

 オーナーを失ったギフテッドは自らアクションを行うことができる。忠一の意図はわからなかったが、無駄なことをしているとは思わなかった。

 現れたカードに対して宣言する。

「『フォールド』」

 公開された情報はギフトの種族。妖精。

 海外で暮らすことが多かった五月には脳裏に閃くものがあった。

「ネズミの妖精……あなたのギフトはもしかして歯の妖精ペレス?」

 それはスペインなどのヨーロッパ圏に伝わるおとぎ話。

 抜けた歯を枕の下に入れておくとコインやささやかなプレゼントに交換してくれる妖精。フランスが発祥だが広めたのはスペイン人の神父であると言われている。

「そうでちゅう。そしてあっちのスキルの使用条件は誰かに自分のギフトを見破られること」

「確かに味方を補助するタイプのスキルにはそういうものがあると伺っていますが……」

 スキルを使用する際のアクションは原則として敵に対して使う。そのためスキルは戦闘中しか使えないものがほとんどである。

 だが戦闘以外でも使えるスキルの場合、敵がいないこともあるため、味方にアクションを行い、スキルを発動させる。ただしそう言ったスキルの多くは何らかの制限や条件が課される。

「そしてあっちのスキルの効果はギフトの強化でちゅう」

「もしも……皆本さんに八岐大蛇のギフトがあれば……」

「怪我が治るかもしれないでちゅう。『ダーナム』」

 どこかから、からからと軽いものがぶつかり合う音がする。

 部屋の中は暖炉の火のように暖かな光に包まれる。

 忠一は五月が抱きかかえる葵の頬に鼻を近づける。

 だが五月は彼の異変にも気づいた。

「忠一。あなた、歯が……」

「そうでちゅう。このスキルは使用すると歯が削れるでちゅう」

「もしも、歯がなくなればどうなりますか?」

「ギフテッドではなくなるでちゅう」

 せっかく得た知性を、異能を捨て、ごく普通のネズミになる。それがどれほど重い決断なのか。

「でも、でもどうしてそこまで……」

「昔マーチェに言われたでちゅう。誰かのために怒ってあげられる人なら、きっとその人は信用できる人でちゅう。マーチェの言葉なら信じられるし、きっと彼女ならこうしたでちゅう。それにあっちも助けに来てくれて嬉しかったでちゅう。誰かを助ける理由なんて、きっとそれくらいでいいんでちゅう。恩を返さずに死なせてしまうなんて、マーチェにおこられるでちゅう」

 五月は彼のその感情をなんと呼べばいいのかわからなかった。

 寂寥? 思いやり? 懐古? それとも……愛、だろうか。

「すみませんが……意識が遠のいてきたでちゅう。もしよければ……ギフトがなくなった、あっちを……」

 ふっと白いラットは力を失い、倒れた。

 だがそれでも、葵の傷が癒える様子はない。

「皆本さん。皆本さん……葵! しっかりしてください!」

 表情は石のように。しかし切々と悲鳴のような声で五月は励まし続けた。


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