第44話 私は悪くない
「ぎゃああああああ!?」
巨大な剣に貫かれた八村は喉を引き裂きそうなほどの叫びをあげた。それと同時に明かりも戻った。
そのまま床に倒れ、さなぎのようにうずくまる。外傷はなさそうだったが、痛みはあったのだろう。もちろん五月も葵も同情などしない。
つかつかとそのまま歩み寄る。
「さて。今どんな気分かしらご婦人?」
葵が皮肉たっぷりに声をかけた後、八村の髪を掴んで持ち上げる。完全にヤンキーのやることであるが、五月はなにも指摘しなかった。
「い……」
「い?」
「痛い……やめてえ。こ、こんなか弱い女をいじめるつもり!?」
「「あんた (あなた)のようなか弱い女がいるわけないでしょ (でしょう)!!」」
葵と五月がほぼおなじ発言をした。
「こ、子供のくせに! 若いのが、そんなに偉い!?」
八村は手を振り回す。ぱっと髪を離してすぐにそれを躱す。どたりと地面に落ちた八村はそのまま逃げようとする。
「ひ、ひいい」
しかしその動きはカタツムリのように鈍い。
「さっきからやたら動きが鈍いけど……もしかしてギフトで体を回復させてなきゃこんなもんなのかしら」
「オールインでギフトが弱体化したせいで本来の体の状態に戻ったのでしょうね。年齢が年齢ですし不摂生もしていたようですからね」
八村はその言葉と視線に敏感に反応した。見下されたと感じたのかもしれない。
「ちょ、調子に乗るな! あたしが、あたしの体がちゃんと動けばお前らなんて……」
「あらそう。じゃあ、ちょっと喧嘩しましょうか。いいわよね。五月、アポロちゃん、忠一ちゃん」
「どうぞ」
「は! 健闘をお祈りしますワン!」
「ちゅう……」
ようやく起き上がった忠一は明瞭な言葉を発さなかったものの、異論は挟まなかった。
「賛成多数みたいよ。立ちなさいくそばばあ。私にまいったって言わせてみせたら見逃してあげるわ」
希望を見出したというよりは屈辱に耐えきれないようだった。八村は痛む体に鞭打って立ち上がり、誰にでも避けられそうなおおぶりの右パンチを放つ。
葵はそれに右ひじを合わせてカウンターを打ち込み、みぞおちに直撃する。一瞬で呼吸困難に陥り、ひざをつく。
「げ、げぼお!? そこは手加減するべきでしょう!」
「するわけないでしょ。今までの自分の言動を振り返ってみたら?」
「そもそも素人が格闘技経験者に勝てるわけない!」
「今のは空手じゃないわよ。ただの喧嘩殺法よ」
「空手では肘は禁止ですからね。……いや、なんで肘打ちまで学んでるんですか?」
「空手道場の先生に教えてもらったのよ。お前はスポーツの格闘技は弱いだろうけど、喧嘩なら誰にも負けないって言ってたわね」
ああ、となんとなく五月は思い当たる節があるようだった。
「本気で相手を殺していい時以外使うなとも言われたけどね」
言い換えれば殺すつもりで殴っているという宣言だった。その殺意に八村は呑まれた。
「ま、待て! 理不尽じゃない!?」
「何が?」
「確かにあたしはすず……マーチェを殺し……ました! でもそれはあいつが言い出したことなんです! 体が痛むあたしを見て、自分からギフトを譲ったんですよ!」
このいきなり丁寧になった言葉には明確な虚偽が含まれている。
マーチェが保有していたギフトは治癒のギフトで、八村の体を癒したいのならマーチェがギフトを八村に使えばよかっただけである。
「あなただって、肉を食うでしょう? それと同じじゃない! あたしは何も悪いことをしてない!」
その言葉を聞き逃すことはできなかった。




