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うちの猫は液体です  作者: 秋葉夕雲
第一章
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第41話 悪口

 八村の家に真っ向から入ることはせず、二階の窓を液体になったさつまを侵入させてから鍵を開けさせるという方法で忍び込んだ。

 階下からの八村と忠一の声がしたことに二人とも驚いてはいなかった。忠一がどのように逃げ出したのかはわからないが、彼が裏切り、同時に自分たちを助けていたことは想像がついていたし、そもそも彼が自分たちに協力するのはマーチェを助けるためだ。その目的が達成されるのであれば誰と手を組むかを選ぶ権利は彼にある。

 だから彼を怒るつもりもないし、罵る理由はない。

 だが。

 八村は別だ。

 自分の相棒であるマーチェを自身の我欲のために殺害し、忠一に手をかけようとしているのを黙って見ていられるはずもなく、葵は灰皿を掴んでリビングに躍り込んだ。


 灰皿がぶつかり、血まみれになった八村は恐ろしい形相で葵たちを睨みつける。驚くべきことに八村の傷は逆再生の動画のように元に戻っていった。

 おそらくあれがこの女のギフト。

 車を投げ飛ばした怪力がスキルだろう。

「この! 何するの!」

「あんたの邪魔よ」

「右に同じく。あなたの行いは同じ人間として恥ずかしい限りです」

「覚悟しろですワン!」

「ふしゃー!」

 二人と二匹は総身に怒りを漲らせていた。

「み、皆さん……どうしてここにいるのでちゅう?」

「理由は二つ。そこのばあさんをぶっ飛ばすため。忠一ちゃんを助けるため」

「少なくともそこの老婆よりあなたを助けたいと思っていますよ」

「あ、あっちは皆さんを裏切、じゅう!?」

 八村が地面に横たわっている忠一の腹を蹴っ飛ばす。リビングの壁に激突し、さらにぐったりした。

「おい、くそばばあ。何してんの?」

 葵が怒りを限界まで押し隠そうとして失敗した言葉をぶつける。

「あなたも偽善者ぶるの? こんな畜生に同情してどうするのかしら」

「偽善すら掲げられないあなたよりはましですよ。皆本さん!」

「オッケー。『ベット』!」

 言葉が終わった直後にアポロが突撃する。

「ぐ、『フォールド』」

 ちなみにこれは戦う直前に打合せしておいた連携である。

 当たり前だが人間は文字を読みながら戦えるほど器用ではないのだ。そのため焦って判断を誤るという予想をしており、それは正しかった。

 八村は葵のアクションによって公開されるはずの情報を、迫りくるアポロのせいで読み逃した。

 アポロが八村の左足に噛みつくと、衣服と肌がしわくちゃになった。なお、ギフトの中にはオーナーを強化するものもあるが、そのようなギフトやスキルを使用した場合オーナー自身を攻撃してもギフトが強化されないというデメリットがある。

「こ、この犬!」

 しかしアポロの攻撃は致命傷には程遠く、カウンターとして素人らしい雑な前蹴りを繰り出す。それはアポロの左前脚を砕いた。老婆ではありえないほどの怪力だ。

 だが次の瞬間に八村の左足はグロテスクに盛り上がると再生する。同じようにアポロの左前脚も再生され、二つに分裂するが……普段より細かった。

「『フルーメン』 さつま、これ!」

 葵はペットボトルの水をさつまにかけるように取り出す。

「ふにゃ!」

 さつまは器用にその水に猫パンチを繰り出し、肉球型の水が八村を襲った。さつまのスキルである。

「あら! 水遊びがしたいなら川にでも行ってきたら!?」

 さつまの攻撃も、アポロの攻撃もあまり効いているように見えなかった。

「ねえ。さつまはともかく、アポロちゃんの攻撃……」

「はい。いつもより威力が低いですね。再生も鈍いように思えます」

「ギフトの相性ってやつ?」

「そうですね。おそらく相手のギフトは再生。治療のギフトを自分に使っているのかもしれませんが……能力が移行する際に変化したのかもしれません。怪力のスキルは先ほどのアクションの影響でしょう」

 どうやらスキルはある程度時間があいても使えることがあるらしい。アポロも八村もスキルを使っている。

「気になったんだけど、代償ってギフトに関係あるの?」

「関係があることもあります。ない場合もありますが、それだとギフトが弱体化する傾向があるようです」

 そういうことならこのばばあの代償が予想通りなら、ギフトはかなり特定できる。

「ちょっとの間、ここを任せてもいい?」

「ええ。気のせいかもしれませんが、向こうもちょっと本調子じゃない気がします。もしかすると、この状況そのものにギフトを制限する何かがあるのかもしれません」

「オッケー。すぐに終わらせるわ」

 葵は軽い足取りでリビングを離れた。


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