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うちの猫は液体です  作者: 秋葉夕雲
第一章
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第39話 坑

 ばりっと袋の破れる音。

 ソファにだらしなく座る影がその中身であるドーナツを掴み、口の中に放り込む。外のだんだんと強くなる雨音を打ち消すように、やかましいきがする咀嚼音。

 リビングの床に甘ったるいドーナツの欠片がこぼれ、手は脂でギトギトになるが気にしている様子もない。

 彼女は決して上品とは呼べない食べ方を続けていた。

 その乱暴な振る舞いに感情を見せずに彼女の後方にたたずむ白いラット……忠一は問いかけた。

「約束は守ったでちゅう。だから、いい加減教えてくださいでちゅう。八村さん」

「あら?」

 八村。

 駅の土産物屋で葵を歓迎した老婆は以前のようににこやかな老婆だったが、忠一の呼びかけに不愉快そうに顔を歪めた。

「畜生があたしに命令するのかしら? 仲間を裏切っておいていいご身分だねえ」

「……」

 後ろめたい気持ちがあるのか忠一は答えない。それはそれで気に入らなかったのか、八村はずかずかとリビングを横断し、忠一の尻尾を掴んだ。

 そのまま無言で尻尾を振り回し壁に叩きつけた。

「じゅっ!?」

「もうちょっと静かにしたらどう? なんでペットなんて飼う人がいるのかしら? うるさくてかなわないわ」

 自分が乱暴を働いたことを忘れたように一方的な言葉をぶつける八村。

 それに対してよろめきながらも忠一は立ち上がり、先ほどと同じ質問をした。

「八村さん。マーチェはどこでちゅう? あなたはマーチェのオーナーなんでちゅう?」

「ええ。まあそうだったねえ」

「はぐらかさないでちゅう。マーチェが補助型のギフトを持っているからこそ、あなたは常人ではありえない力を発揮できるのはわかっているでちゅう。だから、どこかにマーチェがいるはずでちゅう」

「ああもう。そんなに会いたいなら庭でも探しなさいな。どこかに埋まってるはずだからね」

「……う、ま、る?」

 言葉の意味は理解できるが会話の内容はまるで理解できていない。それとも……理解したくなかったのか。

 雨は次第に強くなっている。灰色の空は鉛のように、世界を閉ざそうとするように。雨はますます激しくなる。

 その雨音にかき消されそうな声が忠一から発せられた。

「どう、いう、ことでちゅう? 確かに、マーチェはあっちのギフトで生きてるって……」

「ええと、どうなのかしら? あなたが察知してたのはスズメのギフトの情報であってあのスズメ自身じゃないんじゃない? 今はあたしにあいつのギフトが宿ってるのよねえ」

「ギ、ギフトが人間に宿るなんて聞いたことが……」

「ああ、そういうギフトみたいよ? 持っている動物を倒せばそのギフトが手に入る。ええと、どうだったっけねえ。たしかギフトも強くなったり変化したりするとか言ってたような……」

「……え。なんて?」

「わからないの? じゃあわかるように言ってあげようかね。あのすずめはあたしが殺した。ギフトも奪った」

 忠一は、よく尖った歯を自らの唇に押し当てた。無意識の動作で、唇からは血がにじんだ。

「八村さんは……マーチェのオーナーでちゅうよね?」

「らしいねえ」

「なら」

 その小さな体のどこにそんな力があったのか。

「どうして自分のギフテッドを殺したりなんかするんでちゅうか!?」

 驚くほどの大音声で叫んだ。

「そうねえ。いちいち畜生を殺すのに理由がいるのかしら。でもあれは自分から自分のギフトについて話したのよ。やっとお会いできましたオーナー、だったかしら? コピーのギフテッドから無理矢理押し付けられて、辟易してたけど、あいつが死んだって聞いて安心したわあ。おかげでスズメを殺せたもの!」

 一息でまくしたてた八村はそのまま上品に笑う。言葉と笑顔の落差がいっそ不気味だった。

「あの松本さんもおかしかったわあ。激務に疲れたとかいう理由でこんな田舎に来たみたいだけど、どうせあたしたちのことを田舎ものだって心の中で笑ってたに決まってるわあ。でもあいつのいいひとが倒れてた時無視したらそのまま死んだらしいわあ。あの時は……」

 一度八村は言葉を切った。今までとは違う、怖気が走るような笑顔だった。

「こっそり笑ったわあ。松本の葬式での表情ったら。その後でオーナーになったら嫁の記憶を忘れて気がふれたようね。適当に言いくるめたらあっさり従ったの!」

 彼女は高らかに笑う。

 詩人が見れば絶望の詩でも読むだろうか。画家が見れば地獄の絵でも描くだろうか。

 ただの老婆には見えまい。

 少なくとも忠一はそう思った。

「お前は……悪魔でちゅう」

「失礼ねえ。薄汚いネズミのくせに」

「ほんのちょっとでも……マーチェのオーナーであるあなたに期待した……あっちが馬鹿だったでちゅう」

「あらそう。なら、あなたもスズメと同じところに連れて行ってあげるわ」

 谷村は忠一の首をむんずと掴む。

「雨だから埋めるのもめんどうだし……風呂にでも沈めるのは……汚いわよねえ。ああ、そうだ。ホウ酸団子があったわ。あれを食べさせれば死ぬかねえ。じゃあさっそく……」

 言葉が終わるよりも先に硬いものが八村の後頭部に叩きつけられた。

 がちゃんとガラスが割れる音が響き、八村の顔が血に染まる。思わず忠一の首を離し、忠一は床に落ちた。

「な、なにこれ!? は、灰皿!?」

「そうよ。ただのガラスの灰皿。くだらないあんたには三流推理漫画の凶器がお似合いでしょう?」

 リビングの扉から現れたのは、二人と二匹の人影……怒りを漲らせた葵、五月、さつま、アポロだった。


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