第37話 友達
「驚いたわ。本当に復讐のために戦ってるやつとかいるんだ」
「ええ。アポロはその時たまたま居合わせただけです」
「は! その時以来五月様に仕えさせていただいておりますワン!」
今まで黙っていたアポロはぶんぶんと誇らしげに尻尾を振っていた。
「付け加えるなら特害対のオーナー以外のメンバーの大多数は戦いに巻き込まれたか、オーナーの親族です」
こんな命がけの戦いに部外者が関わっているのはそういう理由らしい。
「私が死んだほうがまし、って言った時に怒ったのってそれが理由?」
「ええ。死ぬとか生きるとか、そういう言葉を軽く扱っている人は嫌いです。ただ、あなたは本気で自分が死んでも猫を生かすつもりでいます。あなたが命がけの戦いに躊躇がない理由はそういうことでしょう」
「ん……まあそれには別の理由があるというか」
「? 格闘技の経験があるということはなんとなく察していますが、そちらですか?」
「空手はやってたけど……そうじゃなくて私、本気の殺し合いを一回したことがあるのよ」
「あなた実は戦国時代の武将か何かですか?」
そう聞いたのも無理はない。
平和な現代日本で命の獲り合いなどそうあるものではない。
「違うわよ! いろいろあったのよ。もう義理は果たしたからこれ以上の話はなしよ。さっきの店に戻るわよ。荷物とか結構置いてるし」
すたすたと歩いていく。
だが。
「そっちは逆方向ですよ」
「……」
「そういえば方向音痴って言ってましたね」
「違うのよ。相貌失認の患者は方向音痴になることが多いらしいのよ。だからこれは私の責任じゃないわ」
「そういうことにしておきましょう」
「絶対信じてないでしょ」
小声で文句を言いながら正しい方向に向かって歩き始めた。
五月は少し先を行く葵とさつまの背中を見守りつつぼんやりと歩く。
「五月様。少しよろしいですかワン?」
「アポロ。どうかしましたか?」
「葵様はある意味、五月様にとって理想の人ではないでしょうかワン?」
この距離なら少なくとも葵には聞こえないだろうと確認してから答える。
「……少し語弊のある言い方ですが……そうですね。顔というものにコンプレックスがある私にとって顔がわからない彼女は……なんと言っていいのか……」
「今まであえて詳しく聞いてきませんでしたが、お聞きしても構いませんワン?」
「なんてことはない話です。私の母はハーフで……それにとても美人でした。私もその血を受け継いで小さいころから可愛がられていた。それだけの話です」
「ですが、五月様は母上とワン……」
「そうですね。あの人は一度も私を見てくれませんでした。多くの人も私を容姿でしか判断してくれませんでした。だから顔ではなく私自身を見てほしい。そんな風に思っていました」
だがそれは無理な話だ。
どうあがこうが人との会話で真っ先に目に入るのは顔だ。優れた容姿であればなおのこと。見た目を全く評価しない人間などいるはずもない。
しかし例外はいた。
「そんな私の代償が表情になるなんて……皮肉というか……」
彼女の氷のごとき鉄面皮は生来のものではない。この戦いに参加するために捧げられたものだ。
「たいていの人は代償にすぐ気づきますワン」
「ですね。しばらく一緒に行動して気づかなかったのは彼女が初めてです」
それも葵が相貌失認であることに気づいた理由の一つだ。それをむしろ嬉しいとも感じていた。
同性からは良くて羨望。悪ければ嫉妬。男性からはよこしまな感情を向けられる。顔についてのわずらわしさから解放されたのは久しぶりな気がする。
「ならば……どうなりたいのですかワン?」
珍しく内面に踏み込んでくるアポロに誠意を見せるために自問する。
「どうなりたいか……ああ、そうですね」
自分の心を探っていた五月はようやく腑に落ちた。
「私は彼女と友達になりたいのかもしれません」
素直にとても陳腐な、でも素敵な願いを口にした。
もちろん。
(これは私の一方通行の願望。それに最後には戦うことになることもわかっていますけれど……)
結末がきっと悲劇的になることも自覚していた。




