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うちの猫は液体です  作者: 秋葉夕雲
第一章
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第33話 渡河

 葵と別れた五月はアポロの鼻を頼りに狙撃手を追っていた。

 この手の追いかけっこは初めてではない。他のオーナーたちと戦った時、あるいは河登と共闘した時など、犬の嗅覚はギフト以上に役に立つこともあった。

 逃がしたことはほとんどない。

 五月もアポロならば必ず相手を追い詰めると信じているし、狙撃のギフトはアポロのギフテッドと相性が悪くないと予想していた。

 だから真正面からの戦いなら勝てる。もしも問題があるとすれば。

「痛っ」

 木の枝に服を引っ掛け、肩口が傷ついた。

「五月様!」

 数歩先を行くアポロが驚き、立ち止まろうとする。

「大丈夫です。あなたはギフトが使えるぎりぎりの位置で臭いを辿ってください」

「……は!」

 人間と犬の足ではかなり差があるということだ。

 ドーベルマンは運動能力の高い犬種であり、スタミナもスピードも一流だ。

 それだけについていくのは苦労する。五月がこの戦いを始めてから最も鍛えられ、同時にまだ足りないと痛感したのは体力ではないかと思ったのは一度や二度ではない。

 この戦いにおいて、ギフテッドとオーナーは原則的に離れられない。

 ギフトはギフテッドから離れると効果が薄れるが、ギフテッドはオーナーから離れるとギフトを使いづらくなる。

 先ほど戦ったようなグループ型の場合、群れの一部だけを離れさせるなどの作戦が可能だ。遠距離攻撃に特化したギフトなら離れていても攻撃できる。

 アポロはそういうタイプではないのでとにかく走り回ることが多い。もっともそれは五月にとって不愉快ではない。

 かつて祖父と一緒に各地を巡ったことを思い出すこともあるからだ。それも最終的には心の傷を抉ることになるともわかってはいるのだが。

 前を行くアポロが立ち止まった。

「どうしまし……川、ですか」

「は! どうやら敵はここを渡ったようですワン。臭いは……時間をかければ追えそうですワン」

 臭いは川で消えるというのは間違いではないが、優秀な警察犬なら追うことは絶対に不可能ではない。

 そして川はそれほど深くも広くもなく、勢いもあまりない。水にぬれる覚悟があれば渡るのは難しくない。

 ただし今の季節は春。かなり体力が奪われる。決断を下さなければならなかった。

「アポロ。ここまでです。一度戻りましょう。これ以上深追いするのは危険です」

「申し訳ありません、ですワン」

 しょげるアポロを励ます。

「いいえ。あなたでなければここまで追うことはできなかったでしょう。それよりも問題は敵が逃走経路も確保していたことです。私にはそう見えましたが、どう思いますか?」

「は! 迷いなく川に向かっていたように思えます」

「松本さんも待ち構えていた様子ですし……偶然なわけないですよね。特害対から情報を抜き取ったか、あるいは……」

「裏切者がいる、ですワン」

 嫌なため息を隠せない。

 裏切りがない組織など有史以来存在しなかっただろうが、味方を疑わなければならないのは何とも物悲しい。

「その、失礼なのですが……葵様が裏切っている可能性はないのですかワン?」

 今更ながらその可能性を全く考えていなかったことに気づいた。

 同年代だからか、同性だからか多少彼女に対して甘くなっていたようにも思える。

「ないでしょう。多少でも知識があれば河登さんと出会うのは絶対に避けるはずです。それにラプラスは嘘をつきません。本当に説明していないようでした」

 24時間ほどしかたっていない出会いを振り返る。

 本当に濃い一日だ。オーナーになってから三人続けて戦うなど初めてだった。

「では、戻りましょう。こちらです」

 森の奥深くというわけではないが、素人が見知らぬ森を歩くのは遭難するリスクがとても高いと祖父から教わっていた。

 その点アポロの鼻ならば自分の臭いを逆にたどるだけで簡単に元の場所に戻ることができる。

 走りっぱなしだったせいで熱を持った体を冷ますように上着を脱ぐ。よく見るとあちこちほつれたり、草木の汁らしきものがついていた。

「……買いなおさないといけませんね。理由を説明すれば経費で落ちますよね……」

 年若い少女らしからぬ所帯じみた呟きだった。


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