第39話 愚かなる無知
山羊。
ウシ科ヤギ属に属し、その頑健さと粗食に耐えるたくましさから古代より家畜としても利用されてきた。
だが、現代、特に日本ではメジャーな家畜ではない。だからあまり知識のない人も多いだろう。
むしろ鹿の方が日本人にとってよっぽどなじみのある動物だ。
そしておそらくは、多くの西洋人にとっても似たような感覚だろう。その理由は家畜を大量に飼育する現代の畜産とは環境が合わないことが理由だろうが、一方でイメージの悪さも原因かもしれない。
そしてそのイメージが悪くなった理由とは。
「山羊? コルネリウスが?」
ポカンとしているチャールズに説明を始めた。
「まず第一に臭いです。鹿と山羊では全般的に山羊の方が臭いがきついらしいですね。ああ、ちなみにこれは私ではなく犬のギフテッドの証言です」
ぐ、とチャールズは反論を飲み込んだ。
何しろ犬の嗅覚が人間よりはるかに優れていることなど子供でも知っている。
「では次に目ですね。山羊は横に長い瞳孔を持っています。鹿はそうではありません。私からは見えませんが、どうですか?」
五月曰く、視野を広くするためにそのような構造になっているらしい。
チャールズはばっと横にいるコルネリウスの目を覗き込んだ。
「おい、どういうことだ! 何故私に嘘をついた。答えろ!」
癇癪を起したチャールズがコルネリウスに詰め寄る。まるでパワハラ上司のようだ。
なお、カウントはどんどん増えている。
「こ、この戦いに勝つためでし。だから……」
何か言い訳をする前に、会話に楔を打ち込む。
「そうよね、コルネリウスちゃん。救世教の神父様に自分は山羊だなんて言えないわよね」
「どういう意味だ!」
「いえ……意味も何も……救世教において山羊は悪魔の象徴でしょう?」
「そう、なのか?」
こいつ、本気で言っているのだろうか。
神父服が格好だけなのは察していたけれどそんなことすら知らない? どれだけ無知なんだ?
「ええと、悪魔に角が生えているのは知っていますよね」
手で二本角を作ると、さつまも自分の頭を手で抱えていた。
今ここにカメラがあれば百連射くらいした……ああ、そうだ、さつまはギフトの影響でカメラに映らないんだった。畜生。
「その角は山羊がモチーフとされています。聖書において羊と山羊を分けろとも述べられていますし、明確に山羊を悪の象徴としています」
そのため多くの悪魔や堕天使などと山羊は関連があると言える。だからこそギフトの特定が難しい。
「な、何故そのようなことに……」
「あくまでも一般論ですが、救世教で邪教とされるギリシャ神話、エジプト神話などの神々の中に山羊の要素が強く出ている神もいたため悪魔として扱うことでそれらの神々を貶めようとしたようです」
「な、何を言っている!? 我々がそんなことをするはずないだろう!?」
「……あの、それ、本気で言ってます?」
「当り前だ!」
まじか。こいつ。
救世教が他の宗教をどのように征服していったのか知ってすらいない?
「ええと、ノアの箱舟はメソポタミア神話からのぱく……オマージュでしょう?」
「そんなわけないだろう! 聖書はすべて偉大なる主の思し召しだ!」
まっとうな義務教育を受けていればメソポタミア神話と救世教の関係性くらい知っていると思うんだけど……いや、欧米圏じゃそうじゃないのかな? あとで五月に聞いてみよう。




