第九話
ラーメンを食べ終わってから、三人は寒空の下に出た。
「こっちはこの写真について調べてみるから、君も吉田さんに何かおかしなことがあったら、なんでも言ってね」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
「頭下げなくていいのに~。律儀だねい」
隼人は橋崎の肩をぽんぽんの叩いてから、三人は別れた。裏地球の怪異は依然現れない。故に、何処で現れるかもしれない脅威に常に気張る。疲れてしまう。家に続く坂を登りきったところで、隼人はため息をついた。
「隼人兄ちゃん!」
小さ少年が抱き着いてきた。
名前はシンジ。隼人の弟だった。血は繋がっていないが。
シンジは隼人を尊敬していて、ギターを習って隼人のように弾き語りをしたいと思っている。
「今日もギター教えて!」
「うん。約束だもんね」
何もないに越したことはない。ないのだけれども。
ただ一つ言えることがあるのなら、もし言ってもいいのなら。このまま気張らずとも誰であろうと、死なないままで、世界が終わるその日まで。
なにも起きずに済んでほしい、と。
「隼人兄ちゃん、最近お疲れ気味だよ」
「そうかい? 俺はとても元気だけどねえ」
「眠れないの?」
「どうだろうねぇ」
答えは出ない。シンジからしてみれば、いつもの事。
だけれど、いつもの事だからこそ、とても重苦しい。
隼人からしてみても、今の自分は本調子じゃない。
思春期だから、どうにも、心の調子が落ち着かない。
守護者になってから、特別な自分になれてから、どうにもこういう複雑な心理状況が常になりつつあるらしい。
隼人は、ため息のような、息抜きのような、ふわりとした顔をしてから、ギターを出して、玄関横の縁側に腰を降ろして、少し昔の歌謡曲を歌ってみたりする。
昔の映画の劇中歌。
隼人が教えてくれた映画だから、シンジはそれが好きだった。きっと、なにがあっても忘れない歌。
主人公の名前はシンジと同じ、タキ・シンジ。
「シンジ、つらいことがあったら、ちゃんと逃げられる男になりなよ。立ち向かえないと思えば逃げていいんだからね。それが一番信用できる人間なんだから」
「逃げた先になにかあるの?」
「ないよ」
「じゃあ逃げちゃダメだよ! 立ち向かうんだ!」
「そうかい? そうだね。それも生き方さ」
でもそれじゃ、泣く暇なんてありゃしない。
「でもね、退けないと、弱い人は動けなくなるのさ」