第五十一話
冬の冷たさは頬に爪を立てている様だった。
誰が何と言おうと白い雪がしうしうと降り、地面は一歩出せだぎちりと音が鳴った。
隼人はコートを着込んで、手袋をはめていた。
首にはマフラーをして、寒くない様に、という母の愛。
広瀬川のすぐ傍らを歩きながら、温かいホットの缶珈琲を両手で握っている。
この日は工具を買いに外に出ていた。
家に帰れば、暖かい炬燵が出ているし、母がいるし、マサユキやユリやシンジといったタヌキ達もいる。
隼人が一言でも「おいで」と呼べば、勝平は必ず来るだろうし、絢も恐らく会いに来る。
そういえばもう隠す必要も無いくらいに好きなんだなあ、と思い出して、顔の赤みは少し増す。
滝隼人は何もなければただの中学生だった。
過ぎ去っていく雪の粒が風に乗っているのを認めると、隼人は少しだけ雪が好きになった。
脇道に逸れた所に、小さな背中があった。
「ティユルシ!」
隼人は嬉しくなって、その背中に声をかけた。
黒い猫のエクストラム。
不思議な雰囲気を纏っていた。
「待ってたんだ」
「どうしたのさ。ウチに行こう。炬燵出したんだ、昨日から。ってかティユルシ、炬燵知ってる?」
「隼人」
ティユルシはぴん、とした声で隼人の足を止めた。
「私は隼人の温かみが好きだ。何処に居ようと、誰かの為に戦う覚悟を持っているその眼が好きだ。みんなを安心させるために普段は頑張って高くしている声が好きだ。君のことが好きだ」
「どうしたの?」
「隼人、エクストラムは危機感知の上位互換の様な能力として『未来予知』という物を持っていて、普段それは働かない様になっているのだけれど、緊急の際にはそれが使えるようになるんだ」
ティユルシはてこてこと隼人の方を向いて、一度美女の姿になる。
「それは大抵、守護者の素質を持つ人間か近くに現れた、とか……守護者も決まっていないのに怪異が現れた、とか。そういうものだけれど、でも、ごく稀に、例外がある」
「例外? それってなんだい」
「例えば」
チャリン!
「今」
びちゃ、と隼人の顔に青い何かが降り掛かる。
「私の腹が貫かれる、とか……」
それは怪異人間だった。
ビリビショップが遣した物と同タイプ──だけれど、不思議な力を纏った怪異人間がティユルシの腹を貫いた。
「うあああ!」
隼人は大慌てで、倒れ猫の姿になったティユルシに駆け寄った。
「治さなきゃ……治さなきゃ……びょう、いや、ティユルシ! コンジタ模様は」
「無い。私はエクストラムだから、コンジタ模様を持てない」
「じゃあ、蘇生」
「それも出来ない」
「なんで! 強いて言うならお前友好的な怪異だろ!?」
守護者の持つ蘇生能力は本来「友好的な怪異を蘇生するための物」である。隼人はそれを気合いと根性で変化させ単なるルールを持たない「蘇生能力」にしてしまったが。
「簡単に言うなら、私達エクストラムにおける『死』というものは、『存在の消滅』なのだ。そこに魂の結び付きはなく、魂は消滅する。だから、蘇生は叶わない。そもそも、私達は兵器だ。そう簡単に蘇ったら『敵』の道具になる可能性もある。消滅が正しい」
「じゃあさァッ! なんでデカくなった!? 的をデカくしたのと同じ事だぞ!」
「人型は、気合いと根性、キメやすい」
「ハァ!?」
隼人は怒り心頭に発していた。
「私の血が、見えるか、隼人。青い、青く、青い血だ」
「だからなんだよ……いまからぺーたる行くぞ、お前も」
「諦めろ、隼人。私の予知能力は『視認』した時点で『確定』する……私は、いずれにせよ死ぬ」
「……! ああ、もう……クソッ! クソッタレ……」
いまするべきを。
「やったのは誰」
「恐らく裏宮城の首領だ。あの霊気は」
「首領はいまの俺に倒せるか」
「わからない。君に、気合いと根性があるのなら」
「そっか」
「…………」
隼人はティユルシのなきがらを抱えて立ち上がる。
「ぺーたるに行くか」