第五話
隼人が家につく。
去年、火事で燃えて新しく作り直した家は坂の上にあるオーシャンチックな家だった。
もともと隼人は住宅街に家があったが、家が燃えると、さすがに居づらくなってしまう。
だから、心機一転、新しいところに家を建てた。
「今日も風が心地ええなあ」
隼人はそう呟いてから合鍵で家に入る。
「母さーん! たでーまー!」
母さん、という訳ではないが、美女がリビングから顔を出す。
「ユリさん。母さんは?」
「奈津子さんならいまお買い物に出かけたよ」
「入れ違いかあ。シンジいる? ギター教えてあげる約束があったんだけど」
「帰りが遅いから奈津子さんについていったわ」
あちゃあ、と隼人は額を叩く。
そしてまた奥からマサユキという男が出てくる。
「今日は随分遅かったね、隼人さん」
「後輩の女子から頼まれごとをしちゃってね。連絡の一つでも入れるべきだったなあ。これは俺の反省点だ」
「頼まれごと?」
隼人はすぱーんと制服を脱いだ。
マサユキがスクールバッグを受け取って、首を傾げる。
ユリは制服を拾ってから、「また怪異ですか」と言う。
「うん。でも、またこっち産の怪異だ」
「裏地球……最近活動がないですね」
「きっと俺の対策案を練ってるんだよ。短期間で幹部怪異を三人も殺したから」
隼人が考え込むような顔をした。
ユリはやっぱり心配だという顔をして、隼人に「シャワー浴びてきな」と言った。
隼人は小学六年生の間に力を授かった。
授かってからの数ヶ月は自分に与えられた使命がなんなのか全くわからなかったらしい。
ただ偶然、力が芽生えたという認識で。
しかし。人を護るという意志はあった。怖い程。
使命もなにもないままで、助けを呼ぶ声があれば、その身を焦がしても削っても潰しても、助けに行く。
心の底からのヒーロー。
だからこそユリは心配していた。
隼人の心は正直に言えば、狂っているのだ。
誰かが呼べば現れて、嫌いな殺傷に拳を振るう。
だからこそ、隼人はヒーローであるのだ。
だというのに。どこまでも、死を背負う。
このような男を見たことがなかった。
出会う男出会う男すべて自らの欲望のままに生きる。
自分の為ならば誰かの不幸すら厭わない、悪のいきもの。
生きるために、そんな輩に肌を売り、生きる意欲を失った。
身勝手にマサユキとシンジを巻き込んで、ユリはその時すでに怪異どもから「死神」と呼ばれていた隼人に殺されるため、ぺーたるの振りをして、危害を加えた。
隼人は泣いてくれた。
そして、生きたいと思わせてくれた。
何故死なせてくれないのか、というユリの真事おかしな問いに隼人は答えた。
────言い訳なら一ダース程あります。
理由なら後で見つける。
彼は理由を見つけてくれたのだろうか。わからない。
ただ言えることがあるのなら、おそらく。
一ダースの言い訳の中に「あなたが生きたがっていた」という言葉は存在しないのだろう、という事。
ただいまは。
隼人の喜ぶ顔も、泣き顔も、驚く顔も、寝顔も。
笑い声も、泣き声も、驚く声も、寝言も。
全て全て全て、知れたから。
それはよかったのかもしれない。
この人の成長を、傍でずっと見ていたい。
この人の行く道を、傍でずっと照らしてしたい。
親心に似た感情なのだろう、と思う。
隼人が進む道にあるすべての壁を、彼がどうやって乗り越えるのか? あるいは、彼がくじけて暗がりの中で立ち止まろうとも、「私たちがいる」と言ってあげられるように。
すぐ傍で、一秒より先の今より。
蔵王山より遥かに美しい君のために。