第三十八話
血肉が裂けて、頭と首の裂け目から血が溢れ出す。ティユルシは違和感を覚えた。人間の血液を見たことはあるだろうか。黒寄りの赤、あるいは赤寄りの黒。
しかし、隼人の血液は完全なる青。
──人間の血液は赤ではなかったのか?
その時、天井が裂け、光が落ちてきた。隼人の出自はご存知だろうか。先天的にエクストラムが生み出された時に〝主〟から付与される力の破片……〝宇宙の遺伝子〟を持って生まれている。深く考えなかったが、どうしてそんな「ありえないこと」が隼人の身に起こっていたのか? 偶然か? 隼人の母・奈津子は並行世界ではエクストラムである。その関係か? いいや、そんな筈はない。
では何故。
光がおさまると、それの正体が現れた。
それは扉のように見え──途端にティユルシの視界が揺らぎ、気がつけば隼人が覗き込んでいた。
勝平と絢が倒れている。
「…………隼人……ではないな。貴方は誰だ」
「先ずは謝罪だ」
隼人の声が二重になっている。
「俺は貴方が思っている『存在』ではない。しかし、滝隼人でもない。申し訳ない」
「では貴方は?」
「夜風隼人……」
夜風隼人とは。
並行世界の一番目「第一地球」のフランス支所──簡単に言うと、始まりの世界のフランスの守護者。
すべての隼人の始まりとなった人間。
どうしてここに?
「簡単に言うと、この滝隼人という少年はイレギュラーだ。変身機能を持っていない」
「何故!? 守術痕とコンジタ模様を持っているのに」
「変身より先に選んでしまった仮面があるからね」
夜風隼人は懐からマスクを取り出した。
エクストラムの技術で作られた髑髏モチーフのマスク。
「このマスクは君が生きている間、君と同じ効力を持つのだろう。このマスクがこの世にある内は、あるいは君が生きている内は変身能力を持たない」
「ではどうすれば……彼のいまの段階では首領には恐らく勝てない! 彼の大事な物は首領の手により奪われる」
「うん」
夜風隼人が頷いた。
「だから、私の変身能力をこの子に授ける」
「貴方はどうするんだ! 地球を放棄するのか!? 『隼人』がそんな無責任な」
「ティユルシさん」
夜風隼人はまくしたてるティユルシの前に手を出して、制止する。
「もう、生きたくないんだ。……もう、これ以上生きるのは嫌なんだ。相棒は俺を恨む市民に殺されてしまった。死体が何処に有るのかわからないから蘇らせたくても蘇らせれない。もうこれ以上、『敵』に塩をおくりたくない。だから、此処から先は彼に任せる」
「…………」
ティユルシは額に手を当てて、そして、「滝隼人ならば」と思い、口を開く。
「変身能力は貰う。だが、許さない」
「…………」
「恨んでも良い、逃げても良い。だが死ぬな。お前が死んだ先の未来に夜風光星の愛した平和を護るものは誰も居ない」
「何故そんな酷いことを言うんだ」
「謝罪のかわりにアドバイスをくれてやる」
人化ティユルシの黒い前髪に青い稲妻のような柄が入る。
「気合いと根性突き抜けて踏んで進む稲妻道」
「もう、行かないと」
「夜風隼人」
「……」
「名乗り口上は?」
「ないよ。俺は強くない」
「ならば次までに考えておけ。必ず聞くし、必ず会いに行く」
バツン! と何かが爆ぜて隼人の身体は倒れた。その衝撃でティユルシは猫の姿に戻り、勝平と絢の二人が目を覚ます。
「うーーん!! なんか久しぶりに一人で寝た気がしたぜ!」
隼人がぐいと起き上がって言った。
「ティユルシ! 成功かな!?」
「感覚はどうだい?」
「うーーーん、よくわからん! でもまぁ、なんかイケる気がする! 変な夢見たし」
「変な夢?」
「なんか世界の巨悪って勘違いされてた」
夜風隼人の肉体に乗り移っていたらしい。
「そうか」
「だからなんかとりあえず死んでた光星生き返らせて、フランス? みたいなところの国民を説得して味方にした。なんか光星が『彼にも話す機会が欲しい』って言うから全世界に向けてスピーチする場をセッティングしたところで目が覚めた。光星女の子でびっくりした」
「うわあ……」