第三十三話
ただ本当に、ぐるぐる回ってしまう。
最近は本当にだめだ。頭が使い物にならない。
こんな所で立ち止まっている様な場合では無いのに。
はやく裏地球を滅ぼして、宮城に──日本に平和を齎さないと。
わかってはいるのに、どうしても考えてしまう。
恋って本当に止まらないんだな。
暴走列車みたいに、止めようとする度に加速する。
「隼人!」
「……なに?」
「春画ある」
「うわ、マジだ」
「春画つったら昔のエロだぜ」
「すけべ!」
隼人は一度深呼吸をして、春画にあやかろうと思う。
「エロと言えば、絢って好きな人いるゥ?」
「エロと言えば……?」
「どう?」
「前も言ったけど、いるよ。ずっと好きな人」
絢は隼人を見上げてそう言ってみる。
いろいろ状況が変わったから、そろそろ気付いてくれても良い頃合い。やっぱり自分で言うのは少し恥ずかしい。
「凄くかっこよくて、一緒にいると楽しい奴。責任感が強くて、いつも隣にいてくれるし、一人にもしてくれる。優しい奴。何処に居ても、誰かのためなら涙を堪えて拳を振るう人」
「そっかあ」
隼人は「なら俺じゃない」と思う。
他人の感情を悟る事が出来ない、という自己評価。
よくそれで勝平にもツッコミをされているし。
それに、なにより、俺は優しくない──と。
それにあてはまるのは全部勝平だ。
勝平相手ならもう勝ち目がねぇな、と思う。
「俺も居るよ。居るんだけど、たぶん勝ち目は無いねぇ。俺も……」
凄くかっこよくて、一緒にいると楽しい奴。責任感が強くて、いつも隣にいてくれるし、一人にもしてくれる。優しい奴。何処に居ても、誰かのためなら涙を堪えて拳を振るう人……そんな誰かに俺もなりたい。
「当てちゃお。勝平」
「死なすぞ」
「ヒェッ」
あれ、これ勝平じゃないな。じゃあ誰だ。
勝平以外にいないだろ、凄くかっこよくて一緒にいると楽しい奴。責任感が強くて優しい奴。勝平以外にいなくないか!?
隼人は本気で頭を抱えた。どんな難問より難しい。
「追加情報出してやる」
むきになって、絢が言う。
「最近背がものすごく伸びた」
勝平かな?
「黒い髪」
勝平かな?
「茶色い瞳」
勝平じゃないな……。
「え、誰」
「もうそこまで言ったら知能の方に問題があるだろ」
「わかんないって。というかもういいや! この話やめようぜ」
「お前だよ」
すこしの間の沈黙。
「お前めちゃくちゃ馬鹿だから、もう言うけど、普通にお前だよ」
俺とは? 隼人の脳内で本棚が破裂した。
つまるところ、思考が停止した。
「凄くかっこいい?」
「お前だよ」
「一緒にいると楽しい?」
「お前だよ、それ」
「優しい?」
「お前だよ」
「うっそだあ。優しい奴は他人の感情の機微に敏感だぜ」
「とてつもない説得力だ。じゃあ優しくなくて良いからお前だよ」
勝平は陰からそのやり取りを見て「気持ち悪いコミュニケーションしてんなあ」と思いながらガムを噛む。
「というか幼稚園の頃からずっとうっすら伝えてたぞ」
「ほんまか?」
「思い出してみろ。頭ん中に本棚あるんだろ。オラオラ!」
「痛い! なんで叩くの!」
「叩いた程度じゃ死なないだろ」
「そりゃそうだけど……。もし本当にそうなのだとしたら……俺ずっとお前に失礼な態度とりすぎてたろ」
「大失礼よ。お前もしかして糞か? ってくらい失礼だった」
「もう穴があったら入りたい……」
「掘ってやるから入ってこいよ」
「凍死しない程度の温かさの穴が良い」
注文が多いな、と絢はため息をつく。
「つーかもう、別に良いよ。失礼な態度とか。お前生まれたときからずっと失礼な奴だし」
「生まれた時は別に知り合いでも何でもなかったろ」
「あのさ……お前の嫌な所とか、ダメなところが目立つ度に、『でも好きだな』って思うんだよ。蛇が苦手な所は可愛いって思うし、ストレスとか溜め込む性格なのは危ういなって思うし、ギター弾いてるところは本当に好きだよ。お前が話す楽しい世界に俺がいると嬉しいし、どんな豪雨の中でもお前がいるだけで全部拍手に聞こえて来るんだよ」
隼人の顔が真っ赤になっていく。
「で、お前は?」
「ほぇ?」
「お前の好きな人。俺は言ったぞ」
「この流れでェ!? 俺次第でとてつもなく最悪な結果になってしまうけれども」
「わかってるから別に怖くはない」
「わ、わかってるって?」
「はやく言えよ」
春画の前で。
「一九九六年十月七日生まれ。さそり座。好きな食べ物はイカの唐揚げ、嫌いな食べ物はゴーヤチャンプル。右利き。将来の夢は獣医。身長百六十五センチメートルで体重は五十四キログラム……の人」
「伝え方キモ……」
「で、でも告白はまだ待ってほしいんだ」
「この期に及んで!?」
「まだ、誰も救えてない。俺は滝隼人。この宮城の守護者で、エクストラムマンだ。まだ、誰も救えてない」
頭の後ろを掻いて、隼人は続ける。
「だから、『まだ』なんだ」
「いつ?」
「来年の七月八日までには」
「お前の誕生日じゃん」
「ええやろ。思いつく限り最高の誕生日プレゼント」
「お前の素、めちゃくちゃキモいよな」
「なんでそんなこと言うん?」