第二十三話
それから、市役所を出ると、丸いフォルムの昔の車があった。ボディには猫のマークがある。
「渡り鳥号!」
隼人が言うと、それに乗る。
寂米も困惑しながら、それに続く。
渡り鳥号というのは、ティユルシが隼人の為に用意した。正式な名称は「距離縮小プログラム搭載移動四輪装置 渡り鳥」。
ハンドル横の赤いレバースイッチをオンにすると、車の形が変わり、ワープ走行モードに入る。
「勝平、まずはお墓に行こう」
「なんで?」
「人が死んで行き着く先は墓だから」
「なるほど」
勝平は頷いて、自動運転モードにする。
市営の温鹿墓地に到着すると、隼人は背伸びをした。
緑の多い山のふもとにある墓地だった。
砂利の斜面を登って、「佐藤家之墓」を見つけると、線香を上げてから、隼人はシアンのラインを顔に浮かび上がらせた。
これは守護者の能力を使っているという表しである。守護者の能力を使って、視力を強化して、幽霊を調べるのだ。
寂米の家族の顔は既に見ていたから知っている。
幽霊はうじゃうじゃいたが、どうにも全員違う。
「次行こう」
肌寒い。
寂米は少しだけ心細くなりながら、渡り鳥号に戻った。もし、恨まれていたらどうしよう、と考えると、吐き気がした。
自分はどうしてここまで弱い人間になったのだろう、と思うと、自己嫌悪に陥ってしまった。
隼人のような、快活な男になりたかった。
見た目こそ、明るい脳天気な印象を抱くが。どうも自分はそんな人間にはなれそうにない。
そんな様子の寂米を傍目に見ながら、隼人は、ふと実父・林田疾風の言葉を思い出した。
〝許してもらえないことに怯えて、後悔の稲妻から逃げないで。心の中の好きって気持ちを忘れないで〟
そんな言葉を押し付けられる訳がなかった。たったいま自分なりに悩んでいる人間に対して自分の好きな言葉を教えてやるような人間にはなれなかった。
次なる目的地である葬儀センター嘴にも、家族の幽霊はいなかった。
「じゃあ次は佐藤家があったところに行ってみよう」
「本当に行くのか」
「行かないとお話にならないでしょ」
隼人が目的地に設定する。
あえてワープ走行モードは解除して。
そこに到着する頃には、辺りは暗くなっていた。
森の前。辺りには家はない。そしてそこにも。塀があり、その内側は家ひとつ建っていない無毛の地。
そこまで来ると、隼人と寂米の危機感知が反応した。
隼人は構えるが、その横を抜けて、寂米は何かに吹き飛ばされた。それは赤毛の大きな猿だった。
「アア、アツイ、アツイ、アツイイ、アツ、アツイ、タスケテ、タスケテ、ナゼ、ナゼオマオダケ」
寂米は腰を抜かして動けなくなった。隼人にも、十体程の猿が襲い掛かった。山のように覆いかぶされると、勝平が半分を蹴散らして、隼人は立ち上がり、もう半分を投げ飛ばした。
「増殖するタイプの怪異だ」
「骨折するなよ」
「うるさいよ」
隼人と勝平が猿たちと戦いはじめた。
自分も戦わなければいけない──そう思っても、動けない。
三体の猿が寂米を取り囲んで、怨み言を言った。
おそらく、怪異だ。
「憎い、嫌い、殺す、殺す、殺してやる、殺してやる、誰がお前を愛するか、誰がお前を認めるか、どうしてお前が生きているのか、どうしてお前が夢を語れるのか、正義を騙るな、生きる資格のない無価値なごみめ、お前だけが何故生きる、お前だけのうのうと何故生きる、それを許した覚えは無い、死んでしまえ、殺してやる、どうして私達が死んでお前だけが生きている、理不尽ではないか、あんまりではないか、命の有り難みを知らない、悪意の塊の様なお前が私達の代わりに死ねば良かったのに、何故お前だけが生きているのか、どうして私達は死ななければならなかったのか、どうして、何故、何故、何故」
夢で聞いた言葉。やはり、呪われていたのか。気がつけば、寂米を囲んでいた猿は十体以上に増えている。
隼人はそれを見ながら、どんどんと腹を立てて行く。
寂米は猿に取り囲まれながら、泣いて、謝る。
隼人は「勝平」と大きく叫んだ。
「叫ばなくても聞こえてるよ」
勝平が渡り鳥号の前照灯を照らした。
寂米を取り囲んでいた猿たちがそちらを見る。寂米もつられて、涙に濡れた眼をそちらに向けた。
「寂米! 歯ァ食いしばれ!」
えっ、と気づく頃には、隼人の拳が寂米の顔面を殴った。
何故? 何故? わからなかった。
隼人は倒れ込んでいる寂米にしゃがみ込んで言う。
「いつまでクヨクヨしていやがる! さっさと気付け! その目ン玉よくかっぽじってよく見ろ! 裏地球の怪異に取り憑かれているだけだろうが! 解放されたくてそこにいる人に、謝罪の言葉は不適切だ!」
隼人が立ち上がる。
寂米はそれを見上げる。
「俺は強いから」
ビキッ、と音がある。本当に怒っている。
「名乗らせてもらうから耳の穴かっぽじってよく聞け!」
ジャリ、と大地が鳴る。
逆光の中で、此方を向く。
「稲妻──滝隼人」
空から降り注いだ宇宙色の雷が三体を除いたすべての猿に突き刺さり暴れ回って猿たちを空に投げ上げた。
それは隼人の必殺キック〝昇雷〟の様だったが様子がおかしい。雷が人型になっていく。
隼人の全身にコンジタ模様という特別な模様が浮かび上がる。眼が真っ赤に輝いて天に昇る蹴りが放たれた。
神でも見ているような、そんな気分。
名付けるならば。
「〝怒髪衝天・弩昇雷〟」
散ると、隼人は「あとはお前がやれ」と言った。肉体を稲妻で構築し直したせいか、また肉体を生身に戻す作業に写っている。
寂米は立ち上がり、水の模様のコンジタ模様を浮かび上がらせる。寂米が生み出した水は雨粒のように降り注ぎ、プラズマ化した大気がそれに反応し、水を沸騰させ。それを三又の大きな槍に変え、突き刺した。
「〝滝〟」
形の崩れた三又槍は地面を穿つ水流になる。
まだかすかに稲妻を纏っている。その奥に三つの人影がある。
「隼人」
震えた声で、隼人を呼ぶ。隼人は答えずに、見つめている。
「こんなんばっかだ」
何もいわずに。
「やっぱり、恨まれてた」
そこでようやく。「そう」と。
「うーん……シングス、花火」
ばぁん、と空から赤の光が轟いた。いま世界で一番可哀相なヒーローの上で。大きな牡丹。
「世界一でけェ線香だぜ」
「ハハ、こりゃ良い。献花にもなってら」
隼人と勝平が花火を見上げて笑う。
「傷心中だぞ」
少しながら、本当に、本当に少しずつ。笑い出して。
「花火あげんなよ」
もう、腹抱えて笑っていい頃合いなのだろうか。
「いま日本で一番有り得ないことしてる」
強い奴はみんな名乗り口上がありますよ