第二十話
福島の守護者、大田寂米と数日ほどやり取りをして、「友人」と呼べるほどにはなったけれど、寂米はどうやら何かを抱えているらしかった。時々、とても辛く悲しそうな顔をしていた。
どうにか力になってやれれば良いけれど。
本人がそれを望んでいるかどうかわからない。
けれど、やっぱり気になってしまう。
隼人の気難しい性格であった。
でも、隼人はそういうことを無視することができる。
そういう事というのは、寂米の悩みではない。
自分の中の葛藤である。
「や! 寂米!」
「隼人! 今日も元気だな」
寂米は高校の制服を着たまま拠点に来たらしかった。
その制服は襟のところが少し汚れている。
洗っていないように見えた。
「きったね! よし! 寂米、俺ん家おいでよ!」
「は?」
いいから、と隼人はひとまわり小さい寂米を抱え上げるとすぐに坂の上の滝家に招き入れた。
「シャツきったねぇから洗濯しとこ思うたんよ」
「あ、ああ……そっか……脱がされたからびっくりした」
その割にはすんなり脱がされたが。
隼人は知らない世界が怖かったので、黙っていた。
「そんでもって、なんか悩みとか抱えてそうだから俺に打ち明けてみて」
「なんかすごい馴れ馴れしいな、お前」
「人とコミュニケーションを取るのが物凄く苦手だから」
すぐに距離を詰めてしまう。隼人は言った。
どうしてだろうか、それにほだされて、寂米は語り出した。
昔、自分は佐藤という苗字だったそうだ。
だけれど、大田に変わってしまったのには理由がある。
その昔、火事があった。火はすべてを奪う。
大好きな母の笑顔も、父の背中も、妹の小さな手も。
すべて燃やして消してしまう。孤独になっていた。
その日から、寂米は夢を見るようになった。
家族が自分に恨み言を吐く夢だった。
とてつもない憎悪。
逃げたいけれど、事実だから逃げられない。
「ずっと思ってるんだよ。あの時俺だけが死んでたら良かったのに……って。本当に、ずっと公開してるんだ。だからいまも、殆ど家には帰んないで、バイトしたり、基地に来たりしてる。最近はお前とか早池峰さんとかがいて楽しいぜ。ありがとう」
「へへへ! へへ! へへへ!」
「すっげぇ嬉しそうだな、オイ」
隼人は笑ってから、「俺も」と言う。
「俺ん家離婚してんだよね。一回。旧姓は林田。林田隼人。いまは滝だけど。……うちの前の親父ってのがさ、暴力を母さんとか俺とかに振るう人で、昔はそうじゃなかったんだ。いきなりそうなった。でも、俺は事情がわからないから、ずっとその親父を恨んでた。事情、あったんだよね。実はその親父、巣窟の幹部に改造されてて、身体の制御が効かなくなってたらしいんだ。精神は自分のままで、自分の女とガキを殴るのを、その目に焼き付けてた。初めてそれを知ったとき、気が狂うかと思ったよ。憎むべきは怪異。それはわかるけど。なんだか複雑な感情だった。ちなみに、その父親はこの手で殺した。殺して、記憶を見て、ようやくすべて知った。親父は、俺を愛してた。母さんを愛してた。だから、素直に離婚に応じて、手放してくれた。母さんと今の父さんが怪異に襲われたとき、俺孤独だったし無力だったしで、めちゃくちゃ悲しんでたんだよね。そこに、親父が来て、鍛えてくれたんだ。めちゃくちゃ長めの自分語りしてしまいました」
隼人はテヘペロ、という仕種をする。
寂米は隼人のその話を聞いて、俯いたままだった。
「俺は父さんのように優しくなりたいし、母さんのように強い人になりたい。ねえ、寂米。お前の為に拳を振るっていいかい」
長い髪を後ろで束ねた少年は、そう言うと、頭にぽんと手を置いた。
「隼人! 大田くん、ご飯にしよ!」
「ヤッヒョー!」
隼人の大声にビクッと跳ねる。