いつまでも覚えている、雨の日の出来事
……雨が降ると、思い出す。
幼稚園の時に、仲良しだった…女の子。
家に帰ったあと、遊ぼうって…約束して。
家に帰ったあと、傘をさして…待ち合わせ場所に行って。
ずっと…独りぼっちで、お寺さんの入り口で待っていた。
軒下に垂れる、雨水を見ながら。
バラバラと耳に響く、傘が雨水を受ける音を聞きながら。
たまに通りかかる、傘をさした人を目で追いながら。
……ずいぶん待ったけれど、いつまで経っても…女の子は現れなくて。
───どうせ雨だし来ないわ
……出掛けに私を見下ろした、祖母の声を思い出して。
───こんな日に遊ぶ約束なんかするな!
……長靴をはく私の背に降ってきた、母親の声を思い出して。
約束したよね?
約束したのにな。
約束したこと、忘れてるのかな。
来ないのかな。
来るのかな。
来て欲しいな。
帰ろうかな。
帰りたいな。
帰ってもいいかな。
時計なんて、どこにもなくて。
まわりには、誰もいなくて。
ザアザア振りの雨の中、トボトボと家に帰って。
───なんで来なかったの?!
次の日、女の子に怒られて。
───もう、遊ばない!
その日から、女の子に嫌われて。
───この子、約束やぶるんだよ!
その日から、女の子が苦手になって。
───この人、最低なんだよ
あの日のことをいつまでも口にする、あの子が…キライになって。
……きっと、あの、雨の降った日。
約束は……守られたのだ。
お互いのタイミングが合わなくて、会えなかっただけなのだ。
家に帰って、すぐに、でかけた私。
家に帰って、しばらく経ってから、でかけたあの子。
家で、家族の声を聞くだけだった、私。
家で、家族と会話をしたであろう、あの子。
私の家に電話をして、確認したあの子の親。
女の子の親の電話を受けて、うちの子は家にいると言って切った、私の祖母。
───こんな忙しい飯時に電話してくるなんて!
───たかが子供一人のことにギャアギャアうるさいんだよ!
授業参観の時に声をかけてきた、あの子の親。
そんなの覚えてませんけどと一言返した、私の母親。
───いちいちめんどくさい人だね!
───あんな親の子とは遊ばなくていい!
成績優秀、品行方正、生徒会長を務めあげた、信頼のあつい……あの子。
よく笑い、よく手を挙げ、よくおしゃべりをする、人気者の……あの子。
誰にでも優しくて、まじめで、悪を許さない、模範生徒となった……あの子。
……相性が、悪かったのだ。
出来の悪い、どんくさくて空気の読めない変わり者の自分とは。
人の顔色を窺ってばかりいるくせに、無表情を貫いてだんまりの自分とは。
無難な選択をしながら、一人で黙々と作業に打ち込む自分とは。
……相性が悪かっただけなのだ。
タイミングも。
環境も。
家族も。
生活習慣も。
考え方も。
性格も。
生き方も。
だから、縁がなかった……、それだけの事なのだ。
けれど……、どうしてか。
雨が降ると……、思い出す。
雨が降るたびに……、思い出してしまう。
仲が良かった、ほんのわずかな期間に起きた出来事。
長い人生の中の、ほんの一部の、些細な出来事。
雨降りの日に待ち合わせをするたび、胸が…騒めいた。
晴れている時の待ち合わせでさえも、なんとなく…不安になった。
いつ来るかな。
遅れて来るかもかな。
またすれ違うかもしれないな。
行き違いから関係性がこじれるかもしれないな。
せめて雨が降らなければよかったのにな。
雨降りの日に申し訳ないな。
雨の日に出かけるのは大変だろうな。
天気が良くても、大変な事はあるかもな。
どれくらい待ったら連絡していいのかな。
いつならメールをしても迷惑じゃないのかな。
どれくらい約束の時間を過ぎたら電話をかけてもいいのかな。
移動中に連絡したら迷惑だよね。
移動中で電話が取れないこともあるよね。
何か問題が起きているかもしれないよね。
連絡したら急かしてるように思われるよね。
忘れている可能性もあるよね。
忘れられてしまうような存在なのかもね。
一生懸命走っているかもしれないよね。
何も気が付かないでぐうぐう寝ているかもしれないよね。
色々と考えて、連絡する事があった。
色々と考えて、連絡しない事があった。
色々考えているうちに、約束した相手が来る事があった。
色々と考えて、待ち続ける事があった。
色々と考えて、待つのをやめた事があった。
色々と考えたのち、帰る事があった。
いつだって時間は……あっという間に、過ぎてしまった。
数多の無意味な時間をすごしたのち、私はようやく…、理解した。
相性の悪い誰かを思って過ごすくらいなら……、一人で行動した方が、楽だ。
待ち合わせない生き方を選べるようになった私は、今。
気ままに…、お一人様生活を満喫しつつ。
ぼんやりと…、昔の出来事を思い出し。
軒下に垂れる雫を、目で追いながら。
贅沢に、時間を……、持て余している。