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アヴァロンへの船影  作者: 古典堂 古風
1/1

1部1章 未完の本

初めて小説を書きました。主人公と同じく作者の大好きなアーサー王物語が題材の物語です。

現在療養中でゆっくりの更新になるかと思いますが、よろしければ最後までお付き合いください。


 ―渦は一点から外側に螺旋状を描く。この渦の線のどこでもいいから一点を切り離す。そしてまたそこから渦を描き出す。これを繰り返す。

 ―ダイナミックに渦は巻いていく。

 ―永遠に。


 ここまで読み終えた私は視線を古紙の匂いのする分厚い本から正面の本棚へとあげた。


 どれも昭和に出版されたであろういびつな背表紙がずらりと並ぶ。長い時間の間でゆがんだり、へこんだり、色あせたりしている。

 もう少し遠くに目をやる。小さなショーウィンドウには白い左右反対文字で「古書店・舶来(はくらい)堂」と書いてある。そのガラス窓一枚隔てた外は雨。朝から降り続いている雨は昼になった今でもやむ気配はない。

 この店の近くは時期が時期なら観光客も多いのだが、この寒空では誰も古城や遊覧船の観光にはこないだろう。町唯一のご自慢、城下町を歩く者は誰もいない。


 店内に視線を戻すと使い古された石油ストーブが煌々と炎を揺らめかせ小さな空間を温めている。

 その横の帽子掛けにはキャメル色のフレンチコートが掛けてある。


 「蘭ちゃん。コート、だいぶん乾いてきたよ」

 店の奥から初老の男の店主がコーヒーカップを両手に持って私に話しかけてきた。

 「ありがとうございます、すみません、こんなに長居してしまって」

 「いいや、いいんだよ。蘭ちゃんは常連なんだから。それに店の前で盛大にずっこけて水たまりにダイブするんだもの。知らないふりはできないでしょ」

 「あうう…失礼しました」

 「はっはっは!でもずぶぬれになっただけでよかったよ。蘭ちゃんの奇麗な顔に傷でもついたら大事(おおごと)だ。お嫁に行けなくなっちゃう」


 なんの悪びれもなく笑う。

 

 店主は青いカップは自分の方へ、赤い花柄のものは私の方へ置いてきた。なんでも亡くなった奥さんのものらしい。

 「別に奇麗でもなんでもないですよ」

 「そんな謙遜することないじゃないか。おじさんがいうとセクハラになっちゃうからあんまり言わないけどさ、目もぱっちりしてて、黒くてまっすぐな髪も日本美人って感じだしでいいじゃないか。何より学生時代はいろんな人から告白されて困るって言ってたじゃない」


 確かに中学生頃からやたらと男子が告白してくることが増えた。それは就職した今現在も続いている。さすがに学生時代ほどではなくなったが、職場内で告白されると面倒くさい。その後の仕事がやりにくいのだ。

 こんな女のどこが良いのだろう?趣味の読書以外特に興味はなく、化粧も最低限。洋服なんてお店のマネキンコーデをそのまま買うような人間だ。私にとっておしゃれとはこの日本社会に紛れるための迷彩服にすぎないのだ。

 今日だって地味な白いセーターにロングスカートとまあ色気のないもんだ。


 「ところでどうだい、気に入った本はあった?」

 「はい。さっきまで読んでいたこれなんかおもしろいかな、と」

 「【ケルトへの誘い】、ねぇ。相変わらずチョイスが渋いねぇ」

 そうだろうか?

 店主はその本をめくりながらある項目を開く。

 「【第4章ケルトとアーサー王物語】ははーん。ここにアーサー王物語のことが書いてあるからか。相変わらず好きだねぇ。いやー、懐かしいなぁ。蘭ちゃんがおばあさんに連れられてここへ来た日。確かまだ幼稚園児だったっけ?」


 私もその日のことは覚えている。下の兄弟二人の育児で忙しかった母の代わりに、私を散歩と称してここへ連れてきてくれたのは祖母だった。

「蘭ちゃんってば絵本で読んだアーサー王がかっこよかった、ここへ来たらもっといろいろ読めるっておばあちゃんから聞いたんだ!って目を輝かせてたもんなぁ。おじさん困っちゃったよ、ここにある本は幼稚園児の蘭ちゃんには難しかったからねぇ…。それに…、」

 店主は言いよどんだ。

 幼稚園児の私が読んだ「子供向け」のアーサー王は清く正しくかっこいい王様ってだけだったけど「ありのままの」アーサー王物語は違う。それは仕方ない。あんなお話、子供にはさせられない。大人が読むための古書を取り扱っているこの店には、幼稚園児に進められる本なんかないのだ。

 おばあよ、無垢な子供をどうしてここへ連れてきた。


 そんなとりとめのない話をしているうちに雨も止み、コートも乾いた。

 私はコートを着、リュックサックを背負った。

 「そろそろ帰ります。コーヒーご馳走様でした。」

 「この本どうする?キープしておこうか?と、いってもウチでこれ系の本を買っていくのは蘭ちゃんくらいだけど。」

 「いま買っていきます。」

 「わかったよ。えっと、ちょうど3000円だね」

 「すみません、5000円で」

 「はいよ」

 店主は店の奥にあるレジの方へと入っていった。


 先に買った本をリックに入れおつりを待っている間、ふと本棚の方を見るとキラッとなにかが輝いた。

 「どうしたんだい?」

 店主が戻ってきて私にたずねる。

 「いや、ちょっと気になるものが…」

 件の本棚の前へ来て見る。またもキラッと本が輝いた。


 ()()()()()()()()()


 比喩でもなんでもない。信じられないと思った。目の錯覚か?しかも数十分前にこの本棚を覗いた時にこんな本はなかった。上から下の段まで物色したのだから間違いない。それに―

 【アーサー王物語】

 表紙にはそう印字してある。絶対に見逃すわけがない。

 手に取るとますます異様であった。


 題名はあるが作者名がどこにもない。出版社も出版年月日も書いてないのだ。

 飴色の分厚い表紙をめくっていく。

 内容は確かにアーサー王物語であった。が、妙な違和感がある。

 なんだか心がざわつく。

 はやる気持ちを抑えきれず最後の方までページをめくってみると…


 【やがて迎えの船はアーサー王と貴婦人たちを乗せアヴァロンへ向かっていった。そして王は】


 その先は印刷されていなかった。私は不思議に思い次のページをめくった。


 そこには文字の代わりに謎の文様が印字されていた。



 渦だ。

 見開きいっぱいの渦だ。



  【ー渦は一点から外側に螺旋状を描く。この渦の線のどこでもいいから一点を切り離す。そしてまたそこから渦を描き出す。これを繰り返す。…永遠に】



 印字された渦は生き物のように動き出し、やがて狭い本からあふれ出した。

 あふれだした渦は私の体を取り巻いていく。




 そして私の意識は途絶えたのだ―。


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