グレースが可愛いだけのやつ
当然のことながら、α組の女子たちは可愛いから他のクラスの男子に人気だ。
他のクラスの男子からあれやこれや聞かれたり、誰が誰に惚れたとかの噂話を聞く限り、とりわけ話題に挙がりやすいのは……。
鳥人のカリスト。明るく元気で、亜人にしてアイドルまでやっているのだから憧れの的にもなろう。
人狼のリュカ。一見内気で弱々しい彼女は守ってあげたくなるようだ。満月の夜の彼女も見て欲しいものだが。
死神のウノ。ふんわり癒し系の彼女が死神であることを忘れている男子は多いだろう。
一方、女子から話題に挙がりやすい亜人もいる。
その一人が竜人のグレースだ。
「ど、どうしよう……」
放課後の教室でグレースが頭を抱えていた。
「どうしたんですか?」
「ああ、人間。……いや、これは僕の問題だ。君を煩わせることではない」
「水臭いですよ。クラスメイトの困り事を放ってはいられないですから」
「右に同じにござりまする!」
気配もなく俺の肩に乗って話にも乗ってきたのは、フェアリーのシャーロット。
体長20センチほど。4枚の透き通った羽で飛び回る小さな亜人だ。
「困り人に知恵をお貸しすることを生き甲斐とする種族もここにはいるのでござりまする。是非に、是非に、このしがないフェアリーの私めにお話しくだされ!」
「今日もシャーロットは凄い饒舌だね……。でも、わかったよ。僕の困り事を話すことが君の糧になるのなら……。これを見て」
そう言うと、グレースはスマートフォンの画面を見せてきた。
「なになに、『校内イケメンランキング』? 匿名投票の結果を掲載?」
「何と、かようなものがネットの海に出来上がっていたのでござりまするか!」
そして画面をスクロールしていくと、第一位は〝グレース様〟とある。
「へー。羨ま――じゃなくて、これの何が問題なんです?」
「だって、恥ずかしいから……」
グレースは俯く。
「そういうものですか……。なら、どうにかしなきゃですね。このサイト作った人にやめるようお願いするとか?」
「それは容易ならざることにござりまする。これを誰が作ったかを突き止めねばなりませぬ故。我々が探偵ならいざ知らず、素人の手には負えぬというもの」
「じゃあ打つ手なしですか?」
「いえいえ、もっと簡単な策があるではござりませぬか。グレース殿がランキングに載っているのが困り事なら、ランキングから外されれば良いのでありましょう」
「どうやって?」
「見たところ、このランキングは直近一週間の投票のみを集計したとのこと。であれば投票されなくなれば自然と除外されましょう」
「どうすれば投票されなくなるんですか?」
「それはランキングのタイトルをお読みくだされ。イケメンランキング……つまりイケメンだから投票されたということ故、そのイメージを払拭すれば良いのでござりまする」
「イケメンのイメージを払拭……。そもそもイケメンってかっこいい男の子ってことだよね? 僕、女の子なのに……。なんで急に一位になっちゃったんだろう?」
「前は違ったんですか?」
「このサイトはさっき知ったばかりなんだけど、聞いた話だと。急に上がったらしいよ」
「ふむ、何かきっかけでもあったのやも知れませぬ。心当たりはありませぬか?」
「心当たり……。昨日、他のクラスの子が街で男の人に声を掛けられて困ってたのを助けたのが『かっこいい』って噂になってたらしいから……それが影響したのかな」
「本当にイケメンじゃないですか」
「そんな。僕は当然のことをしただけだし、声を掛けただけで男の人は僕の翼を見て逃げちゃったし……」
「まぁ困り果てていた乙女にとってはありがたく、勇ましく映ったのでありましょう。しかしそれなら話は簡単、そのイメージを返上するといたしましょう!」
「どうやって?」
そうしてシャーロットに言われるがまま来たのは――。
「メイドカフェって……」
「はい。ウーファ殿から紹介していただいたこの愉快な茶屋でグレース殿には働いていただくのでございます!」
「するとどうなるんですか?」
「そりゃもう、〝かっこいい〟から〝かわいい〟にイメージチェンジでござりまする。あ、噂を流すのは私めにお任せくだされ!」
シャーロットの手にはスマートフォン。――って、フェアリーサイズのスマートフォンって凄いな。小型化技術が進んでいる。
ともあれそんなことを客席で話していた間にグレースは準備を済ませ、従業員控室から出てきた。
「……」
フリフリのメイド服姿は新鮮、でも背中の翼はいつも通りのグレース。
緊張してきた。俺が。
「ほらほら、教えた通りに……」
店長だろうか。慣れた様子の人がグレースに耳打ち。
それを受けてグレースは顔を真っ赤にしながら言う。
「お、お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様!」
「……」
一瞬の沈黙。そして俺は思わずシャーロットに問う
「……もう可愛くないですか?」
「それは左様にございますが、ここからが本番でありましょう!」
「うぅ……。僕は本当に上手くやれるのかな……」
グレースは不安げだった。
というか、俺にとってもメイドカフェは初めての経験だ。この独特な雰囲気に少し緊張して過ごしていた。
そんな中、やはり店内はざわついている。
「ねぇ、あの子……亜人?」
「あの翼、悪魔? いや、ドラゴンの子かな?」
「亜人ってリアルで見るとクッソかわいいな~」
「ドラゴンでメイドって、属性欲張りセットやで~」
亜人を見慣れていない客たちがグレースに注目している。頑張れ、グレース!
そのグレースが料理を運んできた。
「そ、その……〝ほわほわふんわり おむらいちゅ〟です……」
「ほう、〝ほわほわふんわり おむらいちゅ〟ですか。うーん、美味しそうな〝ほわほわふんわり おむらいちゅ〟ですね。では早速、〝ほわほわふんわり おむらいちゅ〟を食べましょう」
「何故連呼なさるのですか……」
「待って。その前に、もっと美味しくなる魔法を掛ける決まりみたいだから、掛けるよ。この魔法の詳しいことは明日、ユリアに訊いてみるとして」
多分ユリアに訊いても何もわかならないと思う。
「そ、それじゃあ詠唱するよ。……らぶらぶ萌え萌えきゅんきゅんきゅ~ん! もっとおいしくなぁ~れ!」
可愛すぎて死ぬ。
「……」
シャーロットはもう死んでた。
他の客にも死者多数。
恥じらいながら魔法を詠唱するグレースはずるいって! 誰だよ、この子にこんなことさせた奴。もはやテロリストじゃないか。
ともあれ、かっこよさを可愛さで上書きするというイメージ戦略はこれでばっちりのはずだ。
そう思っていた矢先だった。
「きゃっ!?」
他のメイドさんが料理を運んでいたところ、躓いてしまった。
その瞬間――。
「ッ!!」
神速のグレース。人間なら不可能なスピードでメイドさんに近付き、左手で料理を崩さないようにキャッチし、右腕でメイドさんを抱き支えていた。
「大丈夫?」
「……。は、はい……」
恋が芽生える瞬間を見た。
結局のところ、イケメンはいつだってイケメンなのだ。
皆で帰る、メイドカフェからの帰り道。
「いやはや、人の噂とは早いものでござりまするなぁ」
例のランキングサイトを見てみると、グレースは相変わらずの一位。それどころか二位との差がさらに広がっていた。
どうやらメイドカフェでメイドさんを助けたのが、イケメンムーブとして早速噂となっているようだ。
「ま、まぁ、こうなったらもう開き直って受け入れた方が良いんじゃないですか……。むしろ誇るべきことですよ」
「そ、そうだね……。僕が誰か守ることができた、その証だと思えば……。でも――」
そのウェブページからワンタッチで移動した先に、似たようなランキングがあったのだ。それは〝校内カワイイランキング〟。さっき見たときはカリストが一位だったが、今は――。
「どうして僕が、こっちにも……」
グレースが堂々の一位。その事実を知って彼女は肩を落としていた。
「まぁ……そういう手筈でありました故、あの萌え萌えな魔法を録画して拡散しましたので、その反響でありましょう……。まさかそういうランキングもあったとは露知らず……」
「まぁあれ見たら投票してしまいますよね。俺も投票しましたし」
「え?」
「いや、つい……」
出来心だった。さすがに反省している。しかしグレースは――。
「――君も、可愛いと思ったの? 僕のこと?」
「え、あ、まぁ、はい……」
「そ、そうなんだ……。君も……。ふふっ」
なぜか少し嬉しそうに微笑むグレース。ついさっきまで落ち込んでいたはずなのに。
真剣で凛々しい表情は格好良いが、時折こういうところも見せてくれるグレースが可愛いだけだった。




