エリィが可愛いだけのやつ
天使、エリィ。
満月の夜に力を開放したリュカをただの一瞬で倒した霊魂。恐らく相当強いのだろう。
悪魔のヴィル、死神のウノと合わせて〝原初の三霊〟と特有の呼び方をされているだけのことはある、のかも知れない。
感謝はしている。俺たちの窮地を救ってくれた。それに気遣ってもくれた。
でもその一方で、少し近寄り辛さを感じた。
彼女の底知れぬ力の片鱗を見たのだ。そうでなくても、天使と言うからには聖なる存在であるはずだ。もしかして、彼女は我々人間とは――それどころか亜人とすら次元の違う存在で、気安く話しかけることなど烏滸がましいような存在なのではないか。
これを畏怖というのか。そういう何かを感じていた。
その矢先のことだった。
「よくぞ集まったわね!」
エリィに呼び出された。ここは屋上。
呼び出されたのは俺以外にも。
「あの、僕たちに何の用かな、エリィ?」
竜人のグレース。
「何かな? 何かな? 楽しいことかな?」
鳥人のカリスト。
「そうね、楽しいことよ! 今からアタシたちは、誰が一番速く飛べるかを競うんだから!」
いきなり何を言い出すんだ、この天使は。
「え……、唐突だね。でも、そうか。だから翼を持つ僕たちを集めたんだね。そういうことなら――」
「ハーピーハッピー! とっても楽しそうだね! でも負けないよー!」
翼を広げるリュカとカリスト、そして翼を現すエリィ。
皆、立派な翼だ。特にエリィのそれは純白で、間近で見るのが贅沢に思えるぐらいに美しい。
「良い威勢ね! でも勝つのはアタシだけど!」
楽しそうだな、この天使。
「でも、それなら扇里は呼ばなくて良かったのかい?」
「呼んだわ。でも『フッ、我が漆黒の翼にて魅了されては速さを比べるどころではなくなるだろう』とか言って断られたわ」
「ああ、彼女らしいね……」
「だから翼持ち全員集合とまではいかなかったけど、まぁ良いでしょう」
「――いや、ちょっと待ってください。じゃあ俺はなんで呼ばれたんですか? 翼ありませんけど?」
「それは勿論、アタシが勝つところをその目に焼き付けて、アタシの凄さを人間たちに伝えさせるためよ!」
「はぁ。見せつけたいんですか……」
「そうよ! アタシはアタシの凄いところを全世界に知らしめなきゃならないんだから!」
目立ちたがりなのか……。思ってたより俗人的なのか。
思えば、エリィはいつもこんなのばかりだ。いつだって何かにつけて自分の凄さを示したがる。実際凄いのだろうが、自己顕示欲が少々過ぎているようにも見える。
「ルールを説明するわよ! ほら、あっちに高いビルが見えるでしょ? あのビルの屋上にタッチしてここへ戻ってくるの。一番早く一往復した子が勝ちよ!」
「わかったよ」
「頑張るぞー!」
「それじゃ、準備は良い? って、スタートの合図はどうしようかしら。――ちょうど良いわ、人間がやりなさい。」
「はいはい。……用意、スタート!」
俺が手を振り上げると、三人は一斉に飛び立った。
そのときの羽ばたきで周囲に起きた突風で、吹き飛ばされるかと思った。
三人の姿は小さくなっていき、エリィが指したビルへと向かっていく。
そして彼女らの姿が大きくなっていくのに転じるまで一分もかからなかったと思う。
「……タシはやっぱり天才ねッ!!」
そう得意気に叫びながら先頭を切ってきたのはエリィ。
「くっ、僕は天使には勝てないのか……!」
「ひえぇ! 負けちゃったよぉ!」
グレース、カリストが続いた。
二分足らずで決着した勝負はエリィが勝ったようだ。
「どう、人間? アタシ凄いでしょ!」
「そりゃ、まぁ……」
ちょっと調子に乗りすぎな気もするが、やはり天使は他の亜人より格が違うのだろうか。
「でもね、凄いアタシよりもっと凄い存在があるのよ!」
天使はその名の通り、天の使い。〝使い〟ということは、主がいるということ。
あの満月の夜以来、気になっていた。天使があれほど強いなら――。
「――〝神様〟は、もっと?」
「わかってるじゃない。そうよ、神様はアタシよりずっと凄いの! どれぐらい凄いかって言うと……そうね、例えば一昨日、あんたたちが大変なことになってるって教えてくれたのも神様なんだから! 神様はどうやって知ったのかはわからないけど、とにかく凄いわ!」
そういえばあの日エリィが俺たちの状況を知って駆け付けてくれたのは、考えてみれば不思議なことだったが、神の指示があったからだったのか。
「それぐらい神様はアタシより凄いの! だからアタシが凄いってところを見せれば神様の凄さもわかるでしょ?」
「そういうことになりますね。……もしかして、そのためにいつも自分の凄さをアピールしようと?」
「……? 当たり前じゃない。だってアタシは天使なのよ。神様の凄さを伝えるためにいるの!」
得意気に語るエリィ。しかしその軽い口調とは裏腹に、もし彼女の言葉通りなら、やっていることは覚悟の要ることだ。
信仰心というのだろうか。それが彼女は高く、だとすれば彼女は神の最高の信徒なのかも知れない。
「それなら、神様はさぞエリィのことを褒めて下さるでしょうね」
「は? あんた馬鹿なの?」
「え?」
「私たちは神様を愛する。でも愛を求めてはいけないの。昔、偉い誰かが言ってたわ。だからアタシが神様に褒められることなんて必要ないの! ……そう、必要無いの」
「……」
そう語るエリィだが、何か寂しげだった。
勝手ながらエリィに畏怖のようなものを感じていた中での出来事。
天使に対して抱いていた畏怖は、神に対しては尚のこと。
――なのだが、かといって俺がそれをしない理由にはならなかった。
「神様! ちょっと良いですか!」
神に声を掛けた。少し勇気を要した。
放課後。良かった、まだ彼女はまだ学校にいた。目撃情報を辿って彼女を見つけたのは図書室だった。
そう、神も今やα組の一員。俺は毎日、彼女を目にしていたのだ。
神。その種族名は同時に名前でもあるのか、それとも名前など無いのか、いずれにしても皆は彼女を神と呼ぶ。
「人間、あなたの行為は許されません」
声を掛けた俺に、彼女は本を手に取るのを止め、俺にそう告げる。
まさか、人間の俺が神に呼びかけることは許されないのか?
「――図書委員の方に怒られてしまいます。大声は許されません。小さい声で話しましょう」
あ、そういうことか。
「すみません……」
「それで、私に何の用でしょうか」
「そ、それが――」
そうして俺は神を連れ出した。
きっと、エリィに怒られるのだろうなと思いつつ。
「何やってんのよ、あんた! アタシだけならまだしも、神様まで呼び出すなんて!」
怒られた。
校舎裏。誰かを呼び出すなら大体ここだ。
「ごめんなさい、神様! 人間が神様に失礼なことを――」
「いいえ、エリィ。私は彼に感謝しています。そして、あなたにも――」
「え……?」
「彼は私に、あなたを褒めてあげて欲しいと提案してくれたのです。あなたがきっとそれを喜ぶと教えてくれたのです」
「え、ええ……!?」
「ですので、私はあなたを褒めます。あなたの優秀さ、私に対する気持ち、全てを嬉しく思っていますよ。いつもありがとう」
神の微笑み。
「あ……あぁ……そんなこと言って下さるなんて…………」
エリィは膝から崩れ落ちた。そして彼女の目からは涙が零れる。
「アタシ、これからもずっと神様のことを愛してますから! ずっと、ずっとですからぁ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶエリィ。感情豊かで、まるで好きな人への想いが通じた瞬間の人間みたいだ。
そうか、彼女も生きていて、喜怒哀楽があるのだ。
だから俺は彼女に畏怖とか近寄り辛さとかを感じる必要なんて無かったんだ。
ともあれ、神の僕、エリィ。その行いは報われた。
幸せ一杯に号泣するエリィが可愛いだけだった。




