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リュカが可愛いだけのやつ

 あれは昨夜のこと。小腹が空いた日曜の夜。

 近所のコンビニへ足を運ぼうと歩いていた人気の無い夜道、それは突然だった。

「止まれ」

「うわあああああああっ!?」

 世闇の中で背後からいきなり背中に手を当てられ声を掛けられたからびっくりした。

「大声を出すな」

「その声、小園!? またですか!?」

 人間の小園。彼女には先週、廊下でいきなり空き教室に引きずり込まれて詰問されたばかりだ。

「お前、やはり裏組織の回し者だったんだな。こんな時間に誰と密会するつもりだ」

「誤解ですって! ちょっとコンビニに買い物行こうとしただけですって!」

「なんだと? ふざけるな。紛らわしいことを……」

「いやそっちこそ、ちょっとしたことで反射的に疑ってくるのやめてください! ていうかなんでこんな時間にこんな場所で襲ってくるんですか。張り込みでもしてたんですか?」

「たまにだ。α組全員を監視するのはさすがに忙しいからな」

 この人の所属している裏組織、ちょっとブラックじゃないか?

「まったく、ほとんどみんな仲良くやってるα組を探ったところで徒労にしかならないと思うんですけど……。とりあえずせっかくなので、一緒にコンビニ行って飲み物でも買います?」

「……。良いだろう。お前のことは信用していないが、その場で買ったものなら妙なものも入れられまい」

「その用心のためのエネルギーをα組のみんなと仲良くすることに使えないものですか……」

 しかし小園は、使命感のために時折変な行動に走るが、真面目で良い子だ。

 そんな呑気なことを思っていたそのときだった。

「人間さんから離れてっ!!」

「ッ!!」

 突然、俺の頬を風が撫でた。

 それと同時に響いたのは……金属音?

「ななな!? どうしたんですか!?」

「馬鹿か、わからないのか。襲われたんだ、あれに」

「え……?」

 一瞬前まで俺の背後にいた小園が今は俺の眼前に。その背中越しに見える彼女の手には、銀色のナイフ。

 そしてその向こうにはもう一人の人影。

「爪を弾いた。大した爪だが、腕はなまくらか」

 誰だ? 街灯の光が当たらないからよく見えない。

 得体の知れない敵……? 怖い!

 だが謎の影は直後、可愛い声を発する。

「あれ? 紫音ちゃん?」

「ん? お前は――」

 謎の影は少し歩み寄ってくる。すると街灯の光の下に入り、姿が見えてきた。

「人狼、か」

 人狼のリュカだった。前日に会ったときと違って、爪が太く鋭く肥大化している。戦闘態勢ということか。

「紫音ちゃんと人間さんがこんなところで何してるの?」

「大したことは無い。こいつが怪しかったから詰問してただけだ。今回は見当違いだったようだが……」

「うーん、よくわからないけど……良かった! 人間さんを虐める人はいなかったんだね! 人間さんの叫び声が聞こえたからびっくりしたよ!」

 苦笑いするリュカ。そうか、あの狼の耳は遠くの声まで聞こえるのか。それで駆け付けてくれたのか。

「誤解が解けたから、これから一緒にコンビニへ行くところですよ。リュカも一緒にどうですか?」

「うん! リュカ、アイスとか食べたいな――あ、でも……」

「ん?」

「ど、どうしよう……。思わず外に出ちゃったけど、今夜は……」

「今夜は……? まさか!?」

 小園は空を見上げる。その先には――。

「月……。満月!?」

 その意味するところ考える。ここには人狼のリュカ。そして満月の夜。

「うぅ……」

 突然、リュカが蹲る。

「だ、大丈夫ですか!?」

「……げて……。人間さん、リュカから逃げて……」

 リュカは苦しそうに声を振り絞る。

「つまりは伝承の通りか。人狼は満月の夜、さしずめ月光を浴びることで――」

「――真の私が目覚める」

 リュカの声。リュカの姿。それは変わらない。しかしどちらも雰囲気が変わった。

 月光に彼女の瞳が妖しく煌めいた。

「人格が変わったのか?」

「記憶は共有している。昼の私も夜の私も同じ私、だが今は破壊衝動に抗えぬ私だッ!!」

 そう言うと同時に彼女は迫――。

「クッ!!」

 俺が状況を認識する前に小園はリュカの爪を上に弾いたらしい。

 そして今はリュカが空中で宙返りしている。

「化けやがった。一瞬でなまくらを返上したか。私たち、今死にかけたぞ」

「……え?」

「今までに無い破壊衝動……。そうか、直前に走った緊張が私をさらに私たらしめたかッ!!」

 着地すると同時に振り下ろされる爪を小園は再び弾く。今度は前方に弾いたリュカはバランスを崩すことも無く着地。

「人間は脆弱と聞いていたが、存外大差は無いのか……?」

「いや、今のを凌げた私は少数派だ。だから他の人間にはやるな」

「ならば貴様次第だ。ここで私を討てば他の誰も破壊されまい」

 リュカを、討つ。

 小園は「危険分子を始末する」と言っていた。まさか、リュカがその対象になるのか。

「ま、待ってください、小園――」

「ふざけるな。つまらん冗談だ」

「……?」

「腹の奥に得体の知れない企みの一つでも抱いてるならいざ知らず、正気を失ってるだけの間抜けなんか始末の対象にならない。とりあえず一発殴って気付けとしてやる」

「……。昼の私はそれを感謝するだろう。だが今の私は容易く止まってはくれんぞ」

「そうかもな。だが、私の使命なのでな!」

 リュカと小園が同時に動く。跳躍した空中でぶつかり合う。

 人間離れした動き。リュカはやはり人間じゃないし、小園もやはり常人じゃないと改めて実感する。

 しかしこの状況、どうなってしまうのか。小園がリュカを大人しくさせてくれば良いが、もし誰かが傷つくようなことがあれば……。

 この窮地に俺は何もできないのか……。

 空中、地上問わず爪とナイフで何度もぶつかり合う二人を俺は目で追う。

 しかし均衡は完全ではなかった。わずかな傾きは次第に大きくなり、俺の目にも明らかになる。

「その場凌ぎの手が増えているぞッ!! その証拠にッ!!」

「ごふっ!?」

 空中で、リュカの蹴り。小園が叩き落された。

「爪に気を取られていたな」

 リュカは華麗に着地し、小園に歩み寄る。

「くっ……」

「小園!!」

 小園は蹲り動けないのか!? 彼女が危ない!! だが――。

「ん? 風の音……?」

 リュカは突然、空を見上げた。

「いや、羽ばたきか。大きな翼。亜人のもの。近付いてきている。きっと私を止めようと、耳の効く誰か、それも私に勝つ自信のある誰かが……」

 リュカの呟くを聞く限り、誰かが助けに近付いているのか? だとしたら――。

「――だとしたら、あと少しの間だけ凌げば、あるいは……」

「え?」

 俺の思ったことをリュカが口にした。もしや彼女は――。

「……駄目だ。止まってやれん。この衝動、破壊することを止められん。私とやり合い昂らせたこの女を……」

 リュカは再び小園に歩み寄る。その爪が煌めく。

「私は破壊することしかできんのだッ!!」

 一気に近付き、腕を振り下ろそうとする。

 その瞬間、俺は小園とリュカの間に割り込めた。何とか間に合ったと言っても良い。

「お前……何を……?」

「人間……!? 貴様も戦えるクチなのか? いや、そのハエが止まりそうな身のこなし……、まさか凡人が無謀に飛び出したのか」

「凡人です。でも、無謀じゃありません!」

「無謀でないなら何をアテにしての愚行だ?」

「リュカの優しさ!」

「なっ!?」

「リュカは嫌いだったんですよね。満月の夜の自分、誰かを傷付けてしまう自分が。だから昨日、満月の前日のである昨日の別れ際、不安で浮かない顔をしていた」

「た、確かに……昼間の私は……」

「今だって、聞けば『止まれない』『抗えない』と、叶うことなら破壊をやめたいと願っているじゃないですか……」

「今の私が、だと……?」

「やっぱりリュカはリュカなんですよ。だからそんな優しいリュカの前に飛び出すことが無謀であるはずが無い!」

「つまり、私を信じて……? 理解できん……。そんな推測で、違ったらその身か傷つく状況で、私を……信じてくれるなんて…………人間さんは…………」

 ん? 口調が元に戻った?

「くっ……甘い……。そんな綺麗事で、狂った私がいなくなってくれるなどと……」

 そう簡単にはいかないか。すぐに逆戻りだ。

 しかし、やはりリュカは月光に目覚めつつも普段のリュカと同じだ。ただ破壊衝動で荒々しくなってしまうだけで、本当は誰かが傷つくことを嫌う優しいリュカのままなんだ。

 身体を震わせるリュカ。きっと、破壊衝動と優しさがせめぎ合っているんだ。

「こ、堪えろ、私……! 人間が稼いだこの一瞬、呼び覚ました昼の私を……保つんだ……ッ! そ、そうだ、こちらへ近づいている翼の亜人は……!? まだ来な――」

 そのとき、風が地面に吹き降りた。彼女の着地と共に。

「来たわよ」

 その背の翼。それは白き翼。やはり、α組。しかし亜人ではなく――。

「エリィ!?」

 霊魂の一種、天使のエリィ。

「エリィ、大変なんです! リュカが――」

「豪快に降り立つなッ!! また私の破壊衝動が昂るッ!!」

 反射的というか本能的というか、俺の前から離れ、エリィに襲い掛かるリュカ。

 しかし次の一瞬。

「っ!?」

 リュカが地面に伏せていた。

「……。は?」

「こ、これぐらいの力加減で良かったかしら……? 大丈夫よね、さすがに……」

 エリィが何かをしたらしい。しかし一瞬すぎて何をしたのかわからない。

「天使、何をした!?」

 小園が問う。

「別に、ちょっとリュカを大人しくさせただけよ。それよりあんたたちは大丈夫なの?」

「あ、ああ……。俺は……」

「私も……人外に案じられる筋合いは無い」

「それなら良いわ。じゃ、リュカはアタシが連れ帰って面倒見るから、あんたたちは速く寝なさい。明日からまた学校なんだから」

 エリィはリュカの身体を抱き抱えた。リュカは気を失っているようだ。

 そして翼を広げ、飛び立とうとする。しかしその前にもう一言。

「……人間なのに頑張ったわね」

 そう言い残して、エリィは飛び立った。

 助けられた。エリィに。俺も、小園も、リュカも……。

「天使……。原初の三霊……。奴らはやはり底が知れないということか……」

 小園は漏らす。しかし俺にとってはどうでも良いことだ。

「でも気遣ってくれて優しいですよね」

「……。お前、本当にふざけるなよ」

 小園に呆れられてしまった。


 そして夜が明け、今朝。

「き、昨日はごめんなさい……。リュカ、二人にすっごく迷惑を掛けて……」

 俺と小園はリュカの猛烈な謝罪を受けていた。

「ま、まぁあれは仕方の無いことで……。というか元はといえば夜道でいきなり襲ってきた小園が発端ですし」

「ふざけるな。それを言うならあんな時間にコンビニへ行くお前こそだろう」

 小園の正論が効く。

「でも……ありがとう。紫音ちゃんはリュカのことを止めようとしてくれて。人間さんはリュカのことを信じてくれて……。あのね、すっごくかっこよかったよ……?」

 リュカは照れながら微笑んだ。

「……」

 はい、可愛い。

 だが、俺たちがこうして無事に朝を迎えられたのはエリィが来るまでリュカが堪えてくれたからでもあるのだ。

 人狼の宿命を抱えながらも心の優しさを絶対に失わないリュカが可愛いだけだった。

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