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ヴィルが可愛いだけのやつ

「気合いだああああああああッ!! 気合い入れて悟れええええええええええッ!!」

 透子だろうなと思ってたら、透子だった。

 校庭の一角から叫び声が響いていたから来てみたら、雪女の透子が叫んでいた。

 彼女は悪魔のヴィルと一緒だった。ヴィルは木陰に座り、目を閉じ、沈黙していた。

 傍には彼女の靴。彼女は裸足だ。

「で、何やってるんですか、今日は」

「おう、人間!! ヴィルが頑張ってるから応援してたんだ!!」

「頑張ってるって、何を?」

「よくわかんないけど、悟りを開きたいらしいぞ!!」

「え、悟りって、お釈迦様みたいなやつですか?」

「……」

 言われてみればこの体勢、座禅というやつだろうか。

「どうやったら悟りってのを開けるのかわかんないけど、きっと気合いがあれば開けるんだよなあああああああ!! だから精一杯応援するぞおおおおおおおッ!!」

「いや、逆に気が散って邪魔になるんじゃないですか……」

 透子なりに親切心から応援したいのはわかるが、さすがに逆効果としか思えない。

 俺はそう思ったのだが――。

「いや、構わん。人は時に思わぬところから閃きを得ることもある。エリィやウノと共にクッキーを作ってみたことも、それを学校で配ってみたことも、そこに閃きが無かろうかと期したが故だ。あるいは透子の熱意が私に何かを悟らせることもあるやも知れん」

 ヴィルは目と口を開き、そう言った。

「うーん、なんとポジティブな……」

「一つの可能性だ。私はまだ何も知らん。何が真実で何が偽りかもわからん。考えれば考えるほどに真実と思っていたことが偽りかも知れないと思えるし、偽りだと思っていたことが真実かも知れないと思えるのだ。故に瞑想は静寂と共にあるべきという考えもまた真実かも知れないし、偽りかも知れないのではないか」

「うーん、言いたいことは何となくわかりますけど、難しく考えすぎでは……?」

「難しく考えすぎなのかも知れない。考えが足りないのかも知れない。やはり私は何もわからない……」

「いいぞ、ヴィル!! よくわかんないけど、色々考えて悟りってのを開こうとしてるんだよな!! きっとその頑張りは報われる!! 頑張れ!! 気合いだあああああああッ!!」

 柔軟というか寛容というか懐が深いというか。悪魔なのにひたむきに悟りを求めて修行する彼女に俺は感心する。

「……でもなんで悟りを求め始めたんですか? 同じ〝原初の三霊〟のエリィとウノはもっと気楽に生きてそうなのに」

「いや、彼女らも彼女らなりに色々考えているとは思うが……しかし私が悟りを求め始めた理由か。思い返せば、長い時を遡る……」

 ヴィルは少し懐かしそうに語る。

「私たち多くの霊魂は、人間が人間と成ると共に成っていった。お前たち人間にはわかり辛いかも知れないが、その成り立ちは曖昧で、気付いたときには生まれていたのだ。そして私たちは自分が何者なのかを知る。例えばエリィは正義の象徴、ウノは命の象徴、そして私は悪の象徴だ」

「悪の象徴……?」

「ああ。私は人間の悪の心が形を成したもの。悪そのものなのだ。そんな己に昔は悩んだものだ。この身がそうならばと、悪事を働こうとしたこともあった。あの頃はエリィに何度も泣かれ、叩かれ、時には殺されかけたものだ」

「懐かしみながら言いますが、結構壮絶ですね……」

「しかしそこには何も見出すものは無く、それからも私は己が為すべきことを求めて思考に思考を重ねた。しかし考えるほどにわからぬことは増えるのだ。善とは? 悪とは? そもそも善悪の区別は真に存在するのか? それ以前に、私たちが見ている世界すら幻でないと言い切れるのか……」

「哲学、ですね……」

「結局、真理を悟らねば何もわからぬ。故に私は悟りを求めることとしたのだ。己が為すべきことを見出すために」

「うおおおおおお、凄いぞ、ヴィル! よくわからないけど難しいことを考えてるんだな!! いいぞ、この調子で頑張れええええ!!」

 ヴィルは立派な求道者だ。俺はそう思った。

 しかしそのとき、木の向こう側から声が聞こえた。

「為すべきこと……。どうしてそんなことで迷うかなぁ」

「!?」

 声の聞こえた裏側へ回り込んでみると、そこでは石猿のウーファが座禅を組んでいた。

 石猿とは、かの孫悟空もそうだったという、猿の妖怪のことだ。

「ウーファ、いたのか」

「おうとも。瞑想を得意とするあんたが使ってたここは瞑想にちょうど良さそうだと思ったから便乗してたのさ。クククッ、我ながら合理的!」

 ウーファは得意気だ。

「しかし、為すべきことで何故迷うのかと問うたか。そういうお前には迷いは無いと言うのか?」

「無論! 私の為すべきことは唯一つ!」

「それは?」

「億万長者になることさ!」

「……。は?」

 俺は耳を疑った。

「億万長者!? 煩悩の塊じゃないですか!」

 ヴィルとの温度差で風邪をひきそうだ。とても座禅を組みながら言う言葉じゃない。

「そうとも、私は煩悩の塊! だから大儲けのための天才的アイディアを求めてヴィルの真似をしてみたのさ!」

「す、清々しいですね……」

 だが、本来こういう修行とは煩悩を払うためのものではないか。目指すところが真逆だ。そんな不純な動機で上手くいくとは到底思えない。

 多分俺の感想の方が普通だと思う。だが、ヴィルは――。

「なるほど、煩悩か。悟りの為の鍵はあるいはそこにあるのかも知れん、か……」

 ――大真面目に取り合う。

「いやいやいやいや! 無い無い無い無い! 煩悩なんて悟りとは真逆ですって!」

「果たしてそうだろうか。煩悩は悟りとは対極にあるという考えは、私たちの勝手な思い込みかも知れないのではないか」

「考えすぎですって! 煩悩なんてヴィルには似合わないですって! 真面目な求道者のヴィルでいてください!」

「だが、数百の年を経ても未だ悟れぬ私は、もはや何でも試したいのだ。迷えし道化と笑うが良い」

 そう言い、ヴィルは座禅を組みなおす。

「一先ず思考を煩悩で満たしてみるか。……いや、そもそも煩悩とは何だ? 暴食? 嫉妬? 怠惰? それらは本当に煩悩なのか? あるいは不足は無いのか? ……わからん。やはり私は何もわからん。まずは煩悩の本質を悟るべく瞑想するべきか……」

「クククッ、迷いを払うために煩悩しようとして迷ってるよ! この悪魔、おもしろ!」

「頑張れ、ヴィル!! 気合いで煩悩を手に入れるんだあああああああああああ!! よくわからないけど!!」

「ああ、もう滅茶苦茶だ……。まぁでも、これがヴィルらしさ、なのかな」

 悟りを求めてどんなことにも学びを求める求道者のヴィルが可愛いだけだった。

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