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紫音が可愛いだけのやつ

 廊下を歩いていると、傍の空き教室の扉が音も無く開いたことに気付かなかったが、中から手が伸びてきて俺の腕を掴んで引っ張り込んだ。

「ええええ!?」

 空き教室に引きずり込まれた俺はそのまま組み伏せられた。俺は素人だけど受けてみればわかる、見事な手際だった。

「痛い痛い痛い! 俺の背中を踏んでる!」

「ああ、踏んでいる」

「え、わざと?」

「当たり前だ。相手を取り押さえる技なんだから」

「なんでいきなり取り押さえるんですか! その声、小園でしょう!」

「私の質問に答えさせるためだ。言え。お前はどこの所属だ」

「所属!? α組ですけど!?」

「ふざけるな。真面目に答えろ」

「えええ? 何かおかしいこと言いました!?」

「表向きの所属クラスの話じゃない。どの組織からの使いでα組に潜り込んだのかと訊いている」

「潜り込んだって!? 普通に入学したいから入学しただけなんですが!?」

「そんな人間がいるはずがないだろう。裏組織のスパイ以外で以外でこんなところに好き好んで入学するなんて、物好きが過ぎる。誤魔化すな」

 物好きが過ぎてて悪かったな。とりあえず小園が裏組織のスパイであることはわかった。

「誤魔化してないから! 誰も彼もが裏の顔を持ってるなんて思わないでください!」

「なに? お前、まさか本当にただの一般人なのか?」

「だからそう言ってるでしょう! だからさっさと膝をどけてください!」

「……。良いだろう、信用するつもりは無いが、口を割る様子も無いようだから」

 ようやく俺は背中を圧迫していた小園の膝から解放された。

 俺は立ち上がって服から埃を払う。

 しかしこの小園紫音は、裏組織のスパイだけあってやることが手荒だ。何せ彼女は、復讐を口にした魔女のユリアに「始末する」なんて口走っていたぐらいだ。本当に誰かを傷付けるようなことは無いと信じたいが。

 小園は構わず話を続ける。

「だが、お前が一般人を装うつもりなら、私はお前を駒として使ってやるまでだ」

「え、何ですかそれ。身勝手な」

「うるさい。良いか、α組の誰かが妙な動きを見せたら私に報告しろ。危険だと判断次第、私が始末する」

「始末って、相変わらず物騒ですね……。でもそういうことなら幾らでも報告しますよ」

「ん? 存外素直だな」

「だって、俺は彼女たちが危険じゃないと信じてるから。むしろ彼女たちの魅力を教えてやるまでです」

「……何なんだ、お前。気味が悪い。脳みそに花畑でも生えてるのか? その性善説は度を越している」

「何とでも言えば良いですよ。きっといつか、小園も理解するときがくるから」

「まぁ良い。動機はどうあれ利用できるなら利用する。だがその前に、わかってるとは思うが、一応心構えを教えておく。α組の中で最も注意するべきは――」

「ユリアだとでも言うんですか?」

「いや、あの魔女は小物だ。復讐などと言っていたが、真の大物は時が来るまでそれを口にしない。それより存在自体が危険な連中がいるだろう。〝霊魂〟の連中だ。奴らは底が知れない」

「そうですか。……で、霊魂って、何ですか?」

「お前そろそろ殴るぞ。ふざけるな」

「いや、ほんとわからないんですって」

「連中のことを信じてるとか言う癖に、何故そいつらへの知識が足りてないんだ」

「そこは……返す言葉がありませんけど……」

「良いか、霊魂というのは亜人よりさらに人間からかけ離れた存在。『亜人が生物学の範疇なら、霊魂は哲学の範疇だ』と、どこぞのサキュバスが言っていた。人知を超えているかも知れない存在だということだ」

「それで、具体的には誰なんですか?」

「それは勿論――」

 言いかけた小園だが、急に沈黙した。この空き教室の外から声が聞こえてきたからだ。

「……噂をすれば影か。霊魂の奴らだ」

 二人で扉の隙間から覗く。外の廊下を通ったのは、α組の生徒の三人。会話しながら歩いていた。

「ここまでは目論見通り、といったところか」

 悪魔のヴィル。

「アタシたちにかかれば当然の結果だけどね!」

 天使のエリィ。

「うふふっ、あのときのみんなの顔、また見てみたいわ~」

 そして死神のウノだった。

「目論見……? あの連中、密かに何かよからぬことをしていたのか? やはり人間界に来る人外どもは――」

 小園は扉を一気に開き、廊下へと飛び出す。三人の背中に声を掛ける。

「おい霊魂ども。いや、〝原初の三霊(げんしょのさんれい)〟と呼んだ方が良いか?」

 小園がそんなことを言ってる間に、俺も小園の後追いで空き教室から出た。

 そして三人は振り返る。

「あら、紫音じゃない。それに男子の方の人間も。アタシたちに何か用?」

「しかし妙なところから飛び出てきたな。そこは使われていない教室のはずだが」

「うふふっ、かくれんぼかしら~?」

 ヴィルが疑問を抱きこそすれ、まるで動じていない三人。

「とぼけるな。存外早く尻尾を出したな。悪魔が口走っていた『目論見』とは何のことだ。白状しろ」

「目論見? よくわかんないけど、あんたもこれが欲しいの?」

「いや、そんな食い意地が張っているようには見えんが……」

 エリィはヴィルからの指摘を無視しつつ、手に持っていたプラスチック容器の蓋を開ける。

「……。何だ、これは」

「見てわからないの? クッキーよ」

「ふざけるな。天使がクッキーなんか持っているわけが無いだろう。聖遺物か何かではないのか」

「せい……? 何それ? ていうかこれがクッキーに見えないって、そんなにアタシのクッキーがおかしいって言うの?」

「フンッ、そんな誤魔化しが通用するとでも――」

「はい、あーん」

「え? あーん」

 小園が色々言ってる横で、ウノがクッキーを一枚つまんで俺の口元に持ってきたから、俺は反射的に食べた。

「あ、美味しいですね」

 バターの香りが広がって美味しかった。小園が何を言おうと、確かに美味しいクッキーだ。

「おい、馬鹿。死神の手から得体の知れないものを口に入れるなんて、無警戒にもほどがある」

 案の定、小園に怒られる。

「よ、よくわからんが……私たちは彼女に警戒されているらしいな……」

「あらあら、怖がらなくて良いのよ~? エリィちゃんがクッキー作りをを教えて欲しいって言うから三人で一緒に作ったんだけど、ちゃんと上手にできたから」

「当然よ! アタシは何をやっても天才なんだから! だからそれをみんなにわからせるために配って回ってたのよ!」

「みんな喜んでくれて嬉しかったわ~」

「つまり、私たちの目論見通りだったというわけだ」

 三人は経緯を説明してくれた。なるほど、手作りクッキーを配ってたなんて、可愛らしい。霊魂は底が知れないと小園は言っていたが、そんなことは無いではないか。親しみやすい。

「……。この咄嗟に見事な作り話だな。だが私は――」

「はい、紫音ちゃんも、あーん」

 今度は小園にクッキーを食べさせようとするウノ。しかし小園も小園だが、ウノは逆に呑気すぎる。

「誰が食べるか、こんな怪しいもの」

「え……? 食べて……くれないの? せっかく美味しくできたのに?」

 ウノは悲しそうな表情を見せる。大袈裟な気もするが。

「……。チッ、この化け物が……」

 小園は悪態をつきながらも、そのクッキーを食べた。

「た、食べるのか……。作った私たちが言うのもなんだが、警戒していたものを……」

「……美味しい。クソ、確かに美味しいさ。だがそれがどうした? 勘違いするなよ、私はお前たちを信用していない。人間にとって危険な存在だと判断したら躊躇無く始末する」

 相変わらず物騒なことを言う小園だが、頬が少し赤くなっていた。

「アタシたちが危険……? なんでそうなるのよ。あんた、もしかしてちょっと馬鹿なの?」

「そ、そう言ってやるな……。本人は至って真面目らしいぞ……」

「真面目な良い子ね~」

「……」

 小園はますます赤くなる。

「クソッ! 覚えていろ! そうやって余裕でいられるのも今のうちだ! 必ず本性を暴いてやる!」

 そう捨て台詞を吐き、小園は踵を返して行ってしまった。

「うふふっ、可愛い」

 ウノの言う通り。きっと盛大な勘違いをしているが、本人なりに真面目に使命を果たそうとしている小園紫音が可愛いだけだった。

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