ユリアが可愛いだけのやつ
校舎裏に呼び出された。
下駄箱の俺の靴の中にメモを入れて俺を呼び出したのは、魔女のユリア。友好的な子が多いα組の中では珍しく、何やら不穏な雰囲気がある数少ない子の一人だ。
これが他の女の子だったら「告白されるかも」なんて期待したかも知れないが、ユリアが相手となると何だか怖い。 そんな警戒心を密かに抱いていると、彼女が姿を現した。
「あの……、待たせてごめんなさい……」
「そんなに待ってないですけど、それより、用って……?」
「うん……。あまり上手に言えないのだけれど……」
ユリアは伏し目がちに、言い辛そうに話す。
「――昨日は、ありがとう。お礼をちゃんと言えてなかったから……」
「お礼? 何の?」
「覚えてないの? ほら、エレーヌさんの薬ですごく辛くなったレモンを食べてしまったとき、私のことを気遣ってくれたから……」
「あ、そんなことですか?」
「そんなことって……」
「いや、当然のことをしただけなので……」
「そう……。あなたにとってはそうなのね。……。だとしたら、つまらないことのために呼び出してしまって、むしろ迷惑だったかしら……」
ユリアはさらに肩を落とす。
「そんなことは無いですよ。お礼を言われたら素直に嬉しいし、ユリアが真面目な人なんだとわかりました」
正直、ユリアはもっと攻撃的な子だと思っていた。しかし実際は真面目で義理堅く、相手の迷惑を考えてしまいがちな子だったようだ。
「……。そう言ってくれるなんて、やっぱりあなたは――」
ユリアは安心したのか、一瞬だけ微笑んだような気がした。しかしまた伏し目がちになり、続ける。
「――でも、ごめんなさい。私はあなたの気遣いにお礼の言葉以外の何も返せないわ。だって、私は――」
そのとき、頭上から声が聞こえる。
「だって、何だって?」
「!?」
すると、俺の目の前に背中が現れた。落下してきたのか。まさか、校舎の窓から?
「あ、あなたは……、モモコさん……」
小園紫音。α組では俺以外の唯一の人間――のはずだが?
窓から飛び降りてきて平気で立っているとは、いきなり常人らしからぬところを見せられてしまった。
「小園さん……? 人間……なんですよね?」
「ああそうさ。私はお前と同じ、人間だ」
小園は半分振り返って俺に顔を向けると、どこか冷たい鋭い眼差しと共に答えた。
いや、どう見てもただの人間には見えないのだが……。
「それより、続けろよ、魔女。私も聞いてやるから」
「……良いわ。隠すつもりは無いもの。私がここにいる理由なんて」
「ここにいる理由?」
「人間に復讐をすること……。そのために人間の社会に潜り込む必要があったし、探る必要もあるから」
「!?」
復讐? 突如として示された、物騒な単語。
「復讐か……。フッ、何だ、その被害者意識に塗れた単語は」
「だって、私の仲間の多くが被害に遭ってきたのよ。まだ人間界と亜人界が完全に隔絶される前の時代、……魔女狩りで」
魔女狩り。歴史で聞いたことがある言葉だ。
「お前たちの過去なんて興味無い。それよりお前が復讐心に燃えたところで、一人で何ができるんだ? 仲間がいるのか?」
「一人よ……。でも、だからって私が人間を許して良い理由にはならないわ。私は人間界の地を踏む機会を待っていた。そしてようやくそれが叶ったのだから」
「無謀は承知らしいな。そういう手合いは何をするかわかったものじゃない。……早いところ〝始末〟してやるべきか」
「っ!?」
小園はますます物騒なことを言う。一体、彼女は何者なんだ。
「あ、あなたの方こそ、この状況を分かっているの? 人間は組織力や科学技術に優れているけれど、肉体は脆弱だし魔法も使えない。そんな人間のあなた一人で私に勝てるとでも思っているの?」
ユリアは腰のスティックケースから指揮棒のような棒を取り出す。魔女は魔法を使うとき、あれを媒介にするらしい。
ユリアが構えると、棒は周囲に閃光を纏い始めた。いつでも魔法を撃てる体勢らしい。あれは雷魔法というやつか。
「試してみるか? お前のその震えた手で?」
「……」
おかしい。人間より魔女の方が戦闘では強いはずだ。それなのに人間の小園は余裕の様子だし、その奇妙な余裕を感じてか、ユリアは腰が引けて震えてしまっている。
「それでまともに戦えるのか? 戦いの歴史の中で進化してきたという亜人らしからぬ、そんな弱腰で?」
「そ、それでも……私は……!」
「……。なんだ、口ばかりか。事を起こさないなら始末もできない。……とりあえずお前は危険分子として覚えておいてやる。そう、まずは一人目だ」
そう言い、小園は歩き去ろうとする。
「ま、待ってください。小園、君は一体何者なんですか?」
「何度も言っているだろう、お前と同じ人間さ。人外どもと仲良くなりに来た人間。……表向きはな」
小園は不気味な笑みを見せると、去ってしまった。
少なくとも彼女は裏があり、そのことを隠すつもりすら無いらしい。それだけはわかった。
「……」
ユリアは腰が抜けたようにその場に座り込む。
「わ、私……、復讐しようと思っていた相手なのに、攻撃することをこんなにも躊躇うなんて……」
そうか。どうやらユリアは小園の威圧感に震えていたのではなく、誰かに攻撃するのを恐れて震えていたのか。
「それは優しさというやつなんじゃないのか?」
「……。そんな筈は無いわ。私は憎しみにのみ囚われた復讐者。人間の敵。きっと只者では無い人間の紫音さんにとっても、きっと何の罪も無い人間のあなたにとっても。仲間に誓った約束を違えることなんて許されなのだから……」
「……それでも俺は諦めたくない。α組のみんなが笑って卒業できる日を」
「……。本当に、馬鹿な人……」
ただの人間でしかない俺の知らなかったところで、α組には裏の側面があるのかも知れない。
それでも俺にとっては、復讐という闇を抱えながらも真面目で優しいユリアが可愛いだけだった。




