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エレーヌが可愛いだけのやつ

「来客とは珍しいな。それで、何の用かな」

 実験室に来てみた。化学や物理の授業で使われる教室だが、放課後はサキュバスのエレーヌが独りでいることが多いこの場所に。

「大した用ではないですよ。ただ、エレーヌが『暇なら来てみると良い』と言ったから、本当に来てみただけで」

「正直本当に来てくれるとは思っていなかったが、歓迎するよ。それで、後ろの二人も同じような動機かな? ユリア君に、8,132,861,667番君?」

「よくロロナの正式名称覚えてますね……」

 ユリアは魔女だ。サキュバスのエレーヌと同じ、亜人に分類される。

 ロロナは亜人よりもさらに珍しい、宇宙人だ。人間界と亜人界が繋がったときに乗じる形で地球の人間界への接触を試みてきた幾つかの勢力の一つ。彼女の正式名称は長い数字列なのだが、よほどの記憶力が無いと覚えられないから末尾の数字を捩ってロロナと呼ばれている。

「ハーイ! 地球の科学技術を勉強しに来マシタ! 私の故郷とどっちが発展してるか気になりマース!」

 違う恒星系から移動してきた君の方が明らかに発展してるだろう。

 ともかく、今日も明るく元気なロロナ。

「私も……知る必要があると思ったから。人間が錬金術を科学に発展させてどんな酷いことができるようになったのかを」

 対照的にユリアはどこか暗く、何やら穏やかじゃない雰囲気すら感じる。

「なるほど、それぞれ違った事情があるようだな。しかし私の研究は人間の叡智の蓄積に亜人としての知識を融合させた独自のものだから、人間の科学の一例としては参考になるか怪しいが……ひとまず面白いものができたから披露してみるとしよう」

「面白いものデスカ!? ワクワクデース!!」

「ちょうど実験しようと用意していたところだが、そこに輪切りにしたレモンがあるだろう。それにこれをかける」

 エレーヌは目の前の机に置いてあった小瓶を手に取り、蓋を外して中の液体をレモンにかけた。

「するとどうなるんですか?」

「本来なら酸っぱいレモンだが、酸っぱくなくなって、代わりに――」

「わかったわ。甘くなるのね」

 ユリアと同じく話の途中で実験の趣旨を理解した俺たちはレモンを手に取り食べる。

「いや、辛くなる」

「ぶっー!!」

 ロロナは噴き出した。

 確かに辛さが口の中に広がる。いや、どこまでも広がる。え、何だこれは!? 滅茶苦茶辛い!

「あああああああ辛い辛い辛い!!」

「辛いデース! この前食べた赤いカップ焼きそばよりも辛いデース!!」

「なんてものを食べさせるんですか、エレーヌ! なんで辛くするんですか!! 普通甘くするところでしょう!!」

「私の知ったところではない。酸味を辛味に変換する知覚操作の薬ができてしまったんだ。できてしまったものは仕方ないだろう。というか説明は最後まで聞きたまえ」

 ぐうの音も出ないが、とにかく辛い。

「……とりあえず、そこに水と紙コップも用意してあるから飲むと良い」

「ひぃ、水デース!」

 俺とロロナは水を何度も口の中に流し込む。おかげで少しはましになる。

「ユリアは!?」

 見回してみると、ユリアは部屋の隅で蹲り肩を震わせていた。

「ほら、ユリアも水!」

 紙コップに注いだ水を彼女に差し出す。

「わ、私は――」

「いいから飲む!」

「……」

 ユリアは立ち上がって紙コップを受け取ると、涙目になりながら一気に飲んだ。

「ぷはっ……。わ、私を気遣うなんて……馬鹿な人…………」

 何だか悪態をつかれたが、とりあえず少しでもユリアの状態が良くなったなら良かった。


 辛みがまともに収まるまで数分を要した後。

「しかし、なんでまた亜人が人間の科学に興味を持ったんですか?」

 俺は、ふと思った疑問を口にした。

「フッ、人間の何かしらに興味を持ったのは私に限ったことではないだろう。私たち〝α組〟のほとんどが人間に興味が持ったこそ、この〝異界コミュニケーション科〟に入学したのだから。無論、例外もいるようだが」

「……」

 エレーヌに視線を送られると、ユリアは睨み返した。

「そして私は人間の中でも、その科学技術の部分に可能性を感じて、研究の拠点とするべく入学した。それだけだ」

「可能性?」

「なに、ちょっとした日常の不便を解決できるかも知れないと思っただけさ」

「何か困り事でもあったんですか?」

「……。そこを深堀しても面白い話は出てこないよ。別の話にしよう――」

「わかりマシタ! エレーヌはサキュバスだからエッチなのがお悩みだったんデスネ!」

「あ、なるほど――って、え?」

「なっ!? どうして君は地球に来たばかりなのにそんな察しが良く――あ……」

 エレーヌは慌てた拍子に口を滑らせた。どうやら図星だったらしい。

「あわっ……わわ…………」

 エレーヌはわなわなと震え始める。顔も赤くなる。

「わ、私はエッチなんかじゃない! ちゃんと薬の効果は出てるから、今日はまだ発情してないぞ!!」

 顔を手で覆いながら叫ぶエレーヌ。

「やっぱり普段はエッチなんデスネ! 健全なサキュバスの証拠デース! 亜人図鑑で見マシタ!!」

「ひぎぃっ!? もう勘弁してくれぇ!!」

「はぁ……。何やってんのよ、馬鹿……」

 無邪気に悪気無くエレーヌを追い詰めるロロナと、頭を抱えて呆れるユリア。

 しかし常に冷静だと思っていたエレーヌがこんなに狼狽えるとは。

 亜人でありながら知的な科学者。それでもやっぱり女の子らしくこういう話題は恥ずかしい。そんなエレーヌが可愛いだけだった。

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