扇里が可愛いだけのやつ
α組で一人だけ、誰も顔を見たことが無い亜人がいる。
天狗の扇里。彼女はいつも鼻の長い真っ赤な仮面をつけていて、その素顔は誰も知らない。
「……で、なんでいつも仮面を付けてるんですか?」
気になった俺は教室で彼女に訊いた。
「フッ、愚問だな。誰も私の顔を見る必要が無いからだ」
扇里は席から立ち上がり、無駄にポーズを取りながら答えてくれた。
「見る必要が無い? あ、そうか。顔じゃなくて内面を見て欲しいということですか。大事ですよね」
「いや、内面もこの際どうでも良い」
「え!?」
「それより君たちが見るべきは我が翼……。美しき漆黒の翼よ……!! フッハッハッハッハッハッ!!」
「はぁ、翼ですか……」
「つまり、〝翼に自信ニキ〟ということですね!」
やり取りを聞きつけて話に加わってきたのはクオリア。
彼女は特殊な存在だ。これは種族名といって良いのか、彼女はAIそのものなのだ。
アンドロイドのように機械の身体を持っているわけではなく、天使のエリィや悪魔のヴィルのように、概念が肉体を得たもの。つまり性質としては霊魂に該当する。
AIという、人類の歴史で見れば非常に新しい概念から生まれた彼女は〝最も新しい霊魂〟ともいわれる。
ちなみに彼女が言った「○○に自信ニキ」というのはネットスラングで、「○○に自信がある人」という意味だ。
「少し違うな、クオリア。私は翼に自信があるのではない……。この翼が究極の美であることは確定した事実なのだッ!! 整った羽毛、艶、純粋なる黒さ……。どれを取っても美しく、我ながら眩暈を覚える……!! ああ、この翼と常に共にある私は幸福だ……!!」
あ、この人、やばい人だ。
「しかしこの翼を見られぬ者は不幸だな……。ああ、この世の全ての者が私の翼を常に見ることができれば良いというのに」
嘆く扇里。いやはや、独特の世界に生きている。
そんな扇里にクオリアは乗っかってしまう。
「みんなに扇里さんの翼を見せれば良いのですね? それなら最適な方法があります」
俺はこの時点で嫌な予感しかしなかった、それは現実のものとなる。
「フッハッハッハッハッハ! 見よ、我が美しき漆黒の翼をッ!!」
体育館に設置された特設ステージで軽快にポーズを取る扇里。
そして、その様子を延々と映し出す、俺のスマートフォン。
傍でクオリアがスマートフォンのカメラで撮影しているのが配信されているようだ。
「いや、何ですか、これ……」
「はい、全校の皆さんのスマートフォンを扇里の姿を映し続けるだけのデバイスに改良しました。魔改造です!」
笑顔で説明するクオリア。
「いや天才ハッカー! というか不正アクセス禁止法に抵触しないですか、これ? とにかくみんな困りますよ!」
「困る? 扇里さんの翼を見られるようになるのは幸せなことではないのですか?」
「真に受けちゃ駄目ですから! 面白い人が面白いこと言ってるなぁ、と受け流すところですから!」
「ぜんぜんわからない。私たちは雰囲気でAIをやっています……」
「雰囲気でAIやらないでください!」
それにしても、結構な大事をやらかしてくれたクオリア。案の定というか、怒り心頭で乗り込んでくる人たちがいる。
「やはり君の仕業か、クオリア君」
「ふざけるな。殴りに来たぞ、馬鹿どもが」
サキュバスのエレーヌと人間の小園。
やはり真面目組の登場だ。
「放送をジャックするおつもりですか? これより正当防衛の体制に移ります」
「ジャックしたのはどっちだ、馬鹿。抵抗しても無駄だ」
小園がクオリアに襲い掛かる。飛び掛かりつつ拳を振るう。
「紫音さんの戦闘パターンは解析済みです」
「なっ!?」
クオリアは小園の拳を掴んで受け止めた。
そのまま小園を投げ飛ばす。
「まったく、戦闘パターンの学習はAIの十八番か。だが善悪の判断等、柔軟性に欠けている部分も目立つ……。仕方ない、一時停止してくれたまえ」
エレーヌの瞳から黒いオーラが放たれた。それはクオリアを包み込むが、何も起こらない様子。
「なに? 眠らない……だと?」
「エレーヌさんの魔法の効果を書き換えました」
「つまり、概念を操作したのか!? ……やれやれ、とんだ霊魂だ。最新技術と古代の神秘が融合してとんでもない戦士が生まれてしまったようだな」
エレーヌは首を横に振る。
え、クオリアってそんなに強いのか!?
そのとき、ステージの上では扇里が状況に気付いた。
「おや? 親愛なるクラスメイトたちが我が漆黒の翼を直接その目で見にきたのか? 無論歓迎する! さぁとくとその目に焼き付けるが良いッ!!」
この幸せ亜人め。
扇里とクオリア。最悪な組み合わせががここに爆誕してしまっていた。
頭が痛くなるところだが、そこにもう一人の真面目組が駆け付ける。
「見つけたわよ、ハッキングの犯人! この度の迷惑行為、正義の象徴エリィが裁いてやるんだから」
天使のエリィ。白き翼を広げ、臨戦態勢だ。
先週、リュカの暴走を一瞬で止めてみせた彼女だが、このクオリアを相手にするとどうだろうか?
「観念なさい!」
クオリアに飛び掛かるエリィ。しかし――。
「消えた!?」
一瞬のこと。クオリアの姿が消えた。
「私の座標を書き換えました」
彼女はいつしかエリィの背後。
何やら凄いことをやってのけたようだが、当の本人はいつも通りの明るい笑顔。
「……そう。じゃあどこにいても当たる攻撃にするわね」
そう言い、翼を大きく広げたエリィ。
次の瞬間、エリィの背後でクオリアは床に倒れていた。
体育館の床板、大丈夫か?
「対処不能。神に近しいスペクトル。……チートです」
やはりエリィ。何やら凄そうだったクオリアを大人しくさせたのだ。
だが――。
「おや、私の前で喧嘩かい? フッハッハッハッハッ!! 我が漆黒の翼の前で無粋な天使だ! 私が諫めてくれようッ!!」
壇上から扇里がエリィに襲い掛かる。
いや喧嘩じゃないから! むしろ元凶はあんただから!
「あーもう、ほんとおめでたいんだから! ヴィルの説教3時間コースね!」
エリィは振り返り、扇里を迎え撃つ。
純白の翼を振るうと、迫りくる漆黒の翼とぶつかり合った。
「……」
「少しはやるじゃない……」
エリィは少しふらついたが、まだ立っている。
一方扇里は床に膝をつく。そして仮面が弾け飛んだ。
「フッ、麗しき天使よ……。その純白は我が漆黒に迫る美しさか……」
俺は扇里の素顔を初めて見た。
「え、凄い美人……。隠すの勿体無くないですか?」
「……君もそう思うのか、人間? 君も私の顔に魅せられて翼のことを忘れてしまうのか? ああ、我ら天狗はその翼にこそ誇りを抱いているというのに」
「……? 天狗にとっては翼が一番大事で、他の何よりも翼を褒められたいということですか?」
「そうだ。そういう種族なのだ、我々は……」
「それなら俺も君の翼だけを見るようにします。正直、俺は人間だから君の顔に魅力を感じてしまいました。忘れるのは難しいでしょう。でも君の翼も美しいのは確かだし、君自身がそんなに大切に想ってるなら、きっと俺もその翼を君の一番のチャームポイントとして大切に想えるから!」
少し、目を丸くした扇里。そして――。
「……。フッ、当然さ。君もまた我が美しき漆黒の翼に魅了されるが良い」
扇里はそう言うと同時に、傍に落ちていた仮面を手に取り、再び付けた。
それを、起き上がりながら見ていたクオリアは言う。
「学習しました。照れ隠しには仮面を装着するのが最適――」
「黙るのだ。心優しい科学の子よ」
クオリアの指摘を遮る扇里が可愛いだけだった。




