透子が可愛いだけのやつ
教室の一角で四人の女子が密着していた。
「な、何やってるんですか……。おしくらまんじゅう?」
「そうよ~。おしくらまんじゅうしてたの~」
死神のウノはにこやかに答えてくれた。
「そ~れ、ぎゅうぎゅう!」
「ぎゅ、ぎゅうぎゅう……!」
「ぎゅうぎゅう――いや、効果音を口ずさむ必要性は感じられないのだが?」
楽しそうに続けるウノと、恥ずかしそうに真似する人狼のリュカと、正論でつっこむサキュバスのエレーヌ。
可愛い子が密着してる光景は眼福――だが。
「いやなんでまた……。こんな梅雨の蒸し暑い日に……?」
「だからこそだよ、人間君。私たちが誰に背を押し付けているのかをよく見たまえ」
エレーヌは得意気に教えてくれる。
ウノとリュカとエレーヌに三方から密着されているのは――。
「……」
――雪女の透子だった。
「考えてもみたまえ。彼女は体温も低い上、冷気も纏っている。故に彼女に触れれば私たちの余計な体温を奪ってくれるのだよ」
「なるほど、だからそうやって涼んでいるんですか」
「気持ち良くて楽しいわよ~。人間君も一緒にやってみる? それ、ぎゅうぎゅう」
「い、いや、俺は遠慮しておきます……」
ウノの誘いは丁重に断っておいた。男の俺が女子と密着するのは、さすがにね……。
「それより、透子はなんでさっきから何も喋らないんですか……。というかそのマスクは何……?」
透子の口元にはマスク。しかも大きくバツ印が書いてある。
「それは私も知りたいところだ。ウノの思い付きでこの茶番を始めたとき、唐突にポケットからこの珍妙なマスクを取り出して装着したのだから――」
茶番って言っちゃったよ、このサキュバス。
「――とはいえ概ね想像がつく。さしずめ『喋らないぞ』という意志表示、あるいは自己暗示のつもりなのだろう」
「なんで喋らない必要があるんですか?」
「それは彼女なりの気遣いだろうか。そう長くは持たないだろうが」
「気遣い……?」
よくわからないが、透子の様子を見ていると、何だか少し苦しそうに見えた。
「う……うぅ……」
透子の呻き声が漏れ始める。
「何か様子が変では? 大丈夫なんですか?」
「そろそろ〝決壊〟か……。ウノ君、リュカ君、耳を塞いだ方が良い」
「あらあら?」
「ふぇ!? 耳を!?」
エレーヌはエルフ耳を、リュカは獣耳を、ウノは人間と同じ耳を手で覆い塞ぐ。
それと同時に、透子は唐突にマスクを外す。そして――。
「気合だあああああああああああああああッ!!」
――叫んだ。
「もっと気合入れて密着しろおおおおおおおおおおッ!! アタシの冷気をもっと感じろおおおおおおおおおおッ!! 暑苦しいかな、と思って気合いを封印しようと思ったけど、やっぱ気合いが無いと物足りねぇッ!! だから気合い入れてけッ!! 気合いだッ!! 気合いだッ!! 気合いだああああああああッ!!」
俺の鼓膜が「みしっ」と音を立てた気がする。何という大声だ。
「案の定、彼女の〝気合い〟が漏れ出てしまったか。やれやれ、抑えようとすることなど土台無理な話だったのさ」
エレーヌはにやけながら呆れる。
「あらあら、透子ちゃんは今日も元気ね~」
「ご、ごめんなさい! もっと気合いを入れなきゃ! ふんす~!」
呑気なウノと、真に受けて困惑するリュカ。
「案の定、収集つかなくなったな。さて茶番はこれぐらいにして、私は実験室へ戻らせて貰うよ。皆の言うところの〝怪しい研究〟を進めるためにね」
「おう、エレーヌ、研究頑張れよおおおおおッ!! よくわかんないけど頑張れよおおおおおおおッ!!」
おしくらまんじゅうから離脱し教室から去ろうとするエレーヌの背に声援を送る透子。
冷気を纏いながら、しかしその性格は暑苦しい熱血漢そのもの。そんな不思議な雪女の透子が可愛いだけだった。




