9.エンディング
「こうした経緯で、私が派遣されてきたのです」
シャルルから語られた経緯に、セシリアは得心した。
自分にそこまでの価値があるかはともかくとして、王妃教育まで受けた令嬢を王家が手放したくないのはもっともだからだ。
それに背中を押してくれた父が反対してくれたという話も、辻褄が合うし、単純に嬉しかった。後で、父に御礼を言わねばと考えつつ、セシリアは質問を続けた。
「王家の思惑は分かったけど、貴方は嫌じゃないのかしら? 他国に行くのよ?」
「案じて下さるとは……お優しいのですね。むしろ、私から願い出たのです。セシリア様の護衛を希望する者が多く、その座を巡る選抜試験が行われ、勝ち抜いて来ました」
「選抜試験……!? 何故!?」
変に大事になっていたことに驚くセシリアに、シャルルは微笑みながら続けた。
「セシリア様は、王子の婚約者として王城によくいらっしゃっていましたね? 昔から貴女を見てきた近衛騎士や暗部には、貴女の隠れファンが多いのです」
国王の肝入りで秘密裏に開催された選抜試験には、近衛騎士と暗部から三十人弱が志願、参加した。試験内容は、必須の帝国語を含めた広範囲の知識を問うテスト、お世話係としての実技試験、セシリアに傷一つ付けぬ武力を測るためのトーナメント、などなど。それら全てで好成績を残し、シャルルは映えある護衛の座に就いたのだ。
「どうして? 何が貴方をそんなに駆り立てたの?」
本当に分からないという顔をするセシリアの問い掛けに、シャルルは眩しいものを見るように目を細めながら考えた。
(ああ……どうすればセシリア様に、この想いが伝わるのだろうか)
潜入する中でシャルルは、セシリアに惚れ込み、強い敬意を抱くようになっていた。
少し悩んだ彼は「そうだ」と言いながら、手を叩くと、思いついたように言った。
「あの交流パーティーの日、レグス様たちに時間を取られ、セシリア様の講評をお伝えできませんでしたね。遅ればせながら、お伝えしたく存じます」
「講評?」
(質問の答えになっていないし、何だか話の流れがおかしいわ?)
首を傾げるセシリアに、シャルルは「はい、講評を申し上げます」と答えると、朗々と語りだした。
「セシリア様は、第一王子の婚約者として、学校生活と並行して王妃教育に励まれてきました。貴女の努力の賜物である所作や気品はもちろんのこと、為政者として必要な政治や経済に関する知識量には、王妃様も驚いておられ、未来の王妃として大変な期待を寄せられておりました。また、学業を疎かにすることもなく、学年次席――実質は首席という優秀な成果を残され、教師陣からもその教養深さに感嘆の声が上がっておりました」
「…………!?」
「もちろん、セシリア様の魅力は、その優秀さだけでなく、人柄にもあります。レグス様たちを果敢に諫める姿に、多くの生徒たちが貴女を支持していました。また、生徒間の諍いの仲裁をしたり、悩みをともに解決したり、学校行事の運営に携わったりと、多くの生徒たちと交流を持たれ、非常に慕われておりました。貴方が王妃となるなら王家に忠誠を誓う、という生徒たちの声も多く、レグス様以上に忠を集めるその姿は、王妃どころか、女王の器と言っても過言ではないと、報告を受けた国王陛下も絶賛しておりました」
「ちょっと! 待って……!」
「また、我々の課したハニートラップにおいても、セシリア様の理想の男性――ちょっと強引かつ大人の色気と危険な香りを振り撒く男性、との運命的な出会いを果たしたにも関わらず、彼に目をくれることもなく、『婚約者のいる身だから』と、節度を守った対応をされておりました。その貞淑さ、貴族としての責務に身を投じる様は、淑女としての理想であり、私たちも安心してセシリア様を見守ることができ、また報告を受けた侯爵様もセシリア様の対応に大変ご満足をしていたようでした。さて、次にお褒めするべきは、貴女のファッションセン……」
「ストッッップ! スタァァァプ!」
慌てたセシリアは、大声を上げながらシャルルの口を押さえた。
まさかの長文褒め殺しと、サラッと暴露された性癖への気恥ずかしさから、顔を真っ赤に染めるセシリア。シャルルは反省の色もなく言い放つ。
「セシリア様への賛辞には、枚挙に暇がありません。続けても?」
「続けないで! 分かったから! 評価してくれているのは、分かったからっ!」
セシリアは、これ以上は聞きたくないとばかりに、自分の両耳を押さえる。
シャルルは、そんなセシリアに微笑みを向けながら、おもむろに彼女の前に跪いて、「お手を取っても?」と問い掛けた。戸惑いながらも、セシリアが頷いて了承すると、彼は恭しい所作で、下からそっと手を取る。
「お伝えしたとおり、貴女は多くの人から認められ、慕われています。もちろん、私もその一人です」
「シャルル……君……?」
熱を帯びた視線を向けてくるシャルルに、セシリアの胸が不思議と高鳴る。
驚きか、緊張か、羞恥か……あるいはそれ以外の感情か。
ドキドキと早まる自分の心音に気を取られるセシリアに向け、シャルルは言葉を続ける。
「帝国に長くおりましたので、語学力には自信があります。王城の使用人たちに学びましたので、ご満足いただける快適さをご提供できます。トーナメントを勝ち抜きましたので、護衛として貴女を傷つけさせないと誓います。未だ第二次性徴を迎えておりませんが、数年の内には必ずや、セシリア様の理想とする男性となります」
羅列される自己アピールに、目を白黒とさせるセシリア。
シャルルは、「ですから」と一つ言葉を区切ると、切なさを堪えるような目で、真心を捧げるような声で、自らの願いを口にした。
「心の底からお慕いする貴女だからこそ、私はお傍でお支えしたいのです。どうか……どうか、貴女のお傍に置いてくれませんか……?」
まるで愛の告白のような甘い響きに、耳の先まで真っ赤に染めるセシリア。
シャルルの言葉に込められた強い想いに流されるように、思わずコクンと頷いてしまう。
「……!」
シャルルは、喜びが爆発したように破顔すると、彼女の美しい指先へとソッと口付けた。
「永久の忠誠を、貴女に……」
こうして、数々の驚愕に彩られた不思議な縁で出会い、主従の契を結んだセシリアとシャルル。
二人が、留学先の帝国で陰謀に巻き込まれたり、逞しく成長するシャルルにセシリアがドキドキしたり、立場を超えて気持ちを通じ合わせたりするのは、遠くない未来の話である。