7.レグスの試験結果とその後
ロイスの講評も終わると、会場の雰囲気は混迷していた。
レグスは、周囲をグルリと見まわした。
流石に驚き疲れを見せるセシリアや生徒たち。
自尊心が折られ、虚ろな顔でブツブツと呟くランバート。
仮面が剥がれ、罵声混じりに抵抗を続けるヘンリック。
魔性が表出し、不気味にも見える笑みを浮かべ続けるロイス。
そして、強い意志の光とともにレグスを見つめ続けるスフレ。
それらを見たレグスは、怒り悲しみ悔しさ、先ほどまで抱いていた感情を失い、何かが抜け落ちた表情で、ただただ天井を見つめ始めた。
(信じた友たちも……愛した少女も……全てが嘘だったのだな……)
レグスの胸の内を占めるのは、諦めという感情だった。
(どこで間違えたのか……? いや、それは詮無きことか……)
後悔に気を取られそうになる自分を諫める。彼とて、これから自分の身に何が起きるのか、自分の罪は理解していた。知るには、あまりにも遅かったが。
愚かにもこの騒ぎを始めた責任を取るべきだと、残された王子としての矜持がささやくのだ。
(ここに至れば、ただ最後の役目を果たそう)
レグスは憑き物が落ちたような表情でスフレを見つめ返し、言った。
「さあ、第一王子たる俺の講評を始めてくれ」
レグスと目が合ったスフレは、彼の覚悟に一瞬だけ気圧されながらも応えた。
「はい。かしこまりました」
スフレは、講評を述べ始める。
「殿下は、王太子になるべく研鑽を積まれ、剣術大会でもベスト8、学力試験でも上位の成績。文武両道を体現するような素晴らしい成績を残されてきました」
「…………」
「しかしながら、王族が持つべきありとあらゆる資質が、圧倒的に欠如していると判断せざるを得ません」
「ああ」
スフレの全てを否定するような厳しい言葉に、レグスは落ち着いた様子で同意した。
「まず、私が演じたスフレのような男爵令嬢に絆され、セシリア様との婚約を破棄するなど、王族としての自覚に欠けると言わざるを得ません」
「その通りだ」
「王族の婚姻ともなれば、国の行末に関わる一大事です。愛の有無に関わらず、国益に適うお相手を選ばなければなりません。その点、セシリア様は、ご実家の侯爵家も発言力が強く、ご自身も礼儀作法、教養、人格と非の打ち所がない方です。セシリア様と対照的に、スフレは礼儀作法もできなければ、教養も無く、貴族令嬢の風上にもおけないような振る舞いだったではないですか」
「認める。俺は、王族の責務を放棄し、スフレを選んだのだ。なにより、人を見る目がなかったのだな……」
そう言って、側近候補だった三人をレグスは見つめる。
彼に頷き返しながら、スフレは言葉を続ける。
「また、殿下はスフレの言うままに、イジメられたなどという根も葉もない話を信じました。少しでも疑いを向け、セシリア様の訴えや他の生徒たちからも情報を得ていれば、そうはならなかったでしょう。これは殿下が、自分が好む一部の人間を重んじ、それ以外を蔑ろにしたということ。これは、公明正大さを欠いた暴君の気質です」
「暴君……そうだな」
「事実として殿下は、セシリア様のようにスフレの素性を調べもせず、側近候補たちの数々の問題すら知らなかった。王たるもの、『知らなかった』では、済まされません。ランバート様が凶刃を振るったら? ヘンリック様が本当に隣国と通じていたら? ロイス様が女性を妊娠させていたら? 殿下が気付かなかった、いえ気付こうとしなかったばかりに、重大事件が起きていたかもしれないのです」
「そうだ……。全ては俺の不明ゆえだ」
「ええ。殿下は自分が見たいものを見て、聞きたいことを聞いて、信じたいものを信じております。これを暗愚と言わず、何と言うのでしょうか!」
スフレは力強く言い切ると、一度だけ息を吐いた。
レグスは、告げられた講評を噛みしめるように天を仰ぐ。彼の頬を一筋の涙がつたった。
誰も口を挟めないような静寂が訪れる。
ふいに、その静寂を破ったのは、震える声で乞い願うレグスだった。
「俺の……最終評価を……教えてくれ……!」
スフレは、お決まりの動きでレグスをビッと指差すと、「最終評価を告げます」と言った。
「最終評価は不合格! 王位など以ての外。王族としても不適格です!」
貴族学校の交流パーティーから半月が経過した。
スフレからの講評が終わると、彼女の合図で衛兵たちが入場し、レグスたちを王城へと連行して行った。
もちろん、パーティーに参加していた生徒たちは、目撃した一部始終を自分たちの両親へと、戸惑い混じりに伝えた。数日の内には、多くの貴族たちが、パーティーで起きた騒動――つまり、レグスたちへの調査と試験について知ることとなり、国内は一時混乱した。
潜入調査を行った王家を批判する者。
レグスたちを廃嫡するべきだと主張する者。
空いた側近候補の後釜を狙う者。
国王は、数々の意見を否定することなく受け入れながらも、彼らの処遇が決まり次第、全てを公にすると伝えた。
そうして半月後の今日、ついに、レグス王子と側近候補だった3人の調査報告と処遇が発表されることとなった。貴族全員が招集され、その大半が王城、謁見の間に馳せ参じた。
報告の前段として、国王と王妃、騎士団長、宰相、筆頭公爵が彼らに謝罪した。
「我々の浅慮、愚息たちの愚行により、不要な混乱を招いた。誠にすまなかった」
貴族たちは大変驚いた。国の中枢たる者たちが頭を下げるなど前代未聞だったからだ。
しかし、幸いなことに、このような真摯な対応と発表された処遇に納得した貴族たちは矛を納め、国内に大きな波紋は広がらなかった。
さて、彼らの処遇については、以下のとおりである。
ランバートは、父である騎士団長から、騎士の風上にも置けぬと激怒され、鉄拳と絶縁状を叩きつけられた。
命こそ繋いだものの、二度とまともに剣を握れぬよう両手の小指を切られ、労働力として僻地の鉱山へと送られた。人並み以上の体躯を持つランバートは、仕事では活躍したものの、拳を見せられると怯える癖があったため、鉱夫たちから馬鹿にされて生活することになった。
ランバートが脅迫、暴行した生徒たちは、騎士団長から直々に謝罪を受け、騎士団への推薦を打診された。彼らは、謝罪は受け取ったものの、推薦については『それではランバートと同じです。自分の力で勝ち取ります』と全員が辞退した。
騎士団長は彼らこそが騎士の鑑と絶賛。学校に赴いては、自ら剣を取って指導している。
ヘンリックは、父である宰相から侮蔑の目を向けられながら廃嫡を告げられ、学園を退学していった。
退学後は、宰相の領地に監視付きで封じられ、閑職が行うような雑務をこなすことになり、国政どころか領地経営にも関わらない生涯を送ることが決定した。その後、野心を捨てきれなかったヘンリックは、度々暗躍しようとしたものの、宰相を始めとした優秀な文官たちに全て潰され、歴史の表舞台に立つことは二度となかった。
ヘンリックの不正に加担していた生徒たちは、学園から停学処分を命じられた。擁護する声もあったが、彼らは口を揃えて『罪は罪です』と処分を受け入れた。復学後の彼らは、経歴に傷を負ったにも関わらず、めげることなく勉学に励んだ。彼らの世代は、後に文官コースの黄金世代と言われる高い成績と、王城への採用率を残すことになる。
ロイスは、公爵夫妻から廃嫡と絶縁を宣言され、隣国の神殿へと送られることになった。
その神殿には、厳格かつ敬虔な男性神官しかおらず、彼らは悪徳を排するために自主的に去勢手術を受けるという。ロイスは、公爵家の人間に取り押さえられながら男性器を失い、彼の地へと強制移送された。移送中もロイスは、理不尽だと嘆くばかりで、反省の一つも見せなかった。
ロイスが肉体関係を持っていた女性たちには、公爵家から謝罪とともに多くの便宜が図られた。平民の女性たちは、生涯賃金に匹敵するような慰謝料を貰えることにかえって喜んだ。
貴族令嬢たちには、公爵家と王家が責任をもって縁談を取りまとめた。彼女たちに暇疵があるゆえに難航するかと思われたが、身分差に恋を諦めていた男子が現れたり、事情を知って尚受け入れるという懐の深い紳士が申し出たりと、すんなりと事が進んだ。令嬢たちもまた、自分を真に愛し、大切にしてくれる男性陣に満足しているようだ。
レグスは、父である国王から厳しい叱責と追及を受け、王族からの除籍と監視付きで生涯幽閉という厳罰を命じられた。全てを受け入れると覚悟していたレグスは、ただ国王に一礼すると、自らの足で幽閉先である塔に入った。
以降、レグスは一度たりとも塔の外に出ることはなかったが、何を思ったのか絵筆を手に取ると、抽象的かつ不気味なタッチの絵画を描き続けた。彼の作品は、後に評価され、鮮やかな桃色が奇妙な雰囲気を醸し出す怪作「講評」は、一目見たときの衝撃や謎めいた題名から、レグスの代表作として認知されていった。
レグスの除籍により、第二王子のルーカスが王太子候補となった。
レグスより二つ年下のルーカスは、穏やかな気性で、婚約者や自分の側近候補たちとも良好な関係を築いてきた。しかし、レグスに比べて気弱で、王とするには甘すぎると評価されてきた。
そんなルーカスであったが、この事件以降、王太子としての自覚が芽生えたと公言し、硬軟を織り交ぜた対応をするようになった。若くして飴と鞭を巧みに使い分け、清濁を理解する様は名君の気質だと、これまでの評価は一気に覆る。
こうして第二王子のルーカスの評価が上がるにつれ、レグスたちの騒動を口に出す者はいなくなった。まるで、第一王子など最初からいなかったかのように。
唯一、残されたのは、王家とその直轄部隊である暗部への畏怖であった。
いかなる不正も見逃さない暗部。
有事の際には嫡男すら切り捨てる王家。
その果断さを知った貴族たち――特にレグスたちと同世代の者たちは、レグスたちを教訓とし、自らを厳しく律するようになった。もちろん、権益を巡る争いや政治闘争はあったが、貴族たちは秩序や規範を遵守し、正々堂々と戦う気質となったのだ。
国王に即位したルーカスは、悪事や不正を許さぬ忠誠心に溢れた臣下たちに支えられ、穏やかな治世を行った。