3.試験終了
「ただいまをもって、内偵調査及び試験を終了します」
スフレの態度の変化と謎の宣言に戸惑ったのは、セシリアだけではなかった。
レグスもまた、驚きと混乱で目を見開きつつ、吃りながら言った。
「ス、ス、スフレ? な、何を言っているんだ!?」
「レグス殿下。少し長くなりますが、経緯と概要をご説明します」
ことの発端は、レグスたちが生まれる前に隣国で起きた痛ましい事件。
その隣国の王子は、運命的に出会ったという庶民の女性に入れ込んでしまい、婚約者を無下に扱うばかりか、大衆の前で婚約破棄を宣言してしまったのだ。
前代未聞のスキャンダルに、貴族たちは王家を責め立て、市井の人々は物語のようだと騒ぎ立てた。
すぐさま国王は二人を軟禁し、彼らの処遇を決めるべく調査を開始。その調査結果により、事態は更に混迷することになった。
女性の身辺を調査したところ、彼女の背後には王位簒奪を狙う貴族たちがいることが分かったのだ。彼らは庶民の女性を操って王子を篭絡して、王家の醜聞を作り出した。更には、庶民に噂を流して騒ぎを大きくし、動乱を引き起こそうとしていたのだ。
国王は大いに怒り、策略を見抜けなかったと王子の責を認め、国外追放に処した。また、画策した貴族たちと実行犯の女性は、国家転覆罪で処刑された。
「国王陛下は、隣国と同様の事件が起きることを危惧され、私たち暗部に貴族学校への潜入を命じました。これが指令書です」
スフレはそう言うと、ドレスの胸元に手を突っ込むと、丸められた書面、指令書を取り出した。その指令書をレグスとセシリアに手渡す。
「「「「……!?」」」」
驚きっぱなしの四人を尻目に、何とか冷静さを取り戻したセシリアは、書面を読み始めた。
「確かに王家の印が押されていますね……。調査対象は、殿下たちと……わたくし?」
「はい。レグス殿下はもとより、その妃候補のセシリア様、側近候補の方々も対象です。皆様はレグス殿下が即位した後、その治世を支えなければなりませんゆえ。もちろん、この潜入の件は、皆様のご両親も承知しておりますし、これまでの経過もご報告しています」
レグスはわなわなと指令書を握りしめ、震えだした。
詳細は分からないながらも、これが王命で、スフレが暗部の人間だということは理解できた。彼らは生徒たちの中では高位な立場とはいえ、所詮ただの学生。実際の権力を持つ当主たちに逆らうことはできないのだ。
「私たちの任務は二つ。一つは、実社会から半ば隔離された学校内で、皆様の素行に問題がないか調査すること。もう一つは、隣国の事件のように皆様を誘惑……いわゆるハニートラップを仕掛け、それらへの対応を試験することです」
「「「「ハニートラップ……!?」」」」
驚愕する四人に、スフレは「はい。ハニートラップです」と復唱すると、更に説明を続けた。
「我々のプロファイリングによって、皆様それぞれの人格的な根幹やコンプレックス、性的嗜好などは把握できていました。私が演じた『男爵令嬢のスフレ』という存在は、レグス殿下の好みに合わせて設定を作りました。素性、性格、容姿、全てが理想の恋の相手となるように」
「素性……? 容姿……?」
真っ青になったレグスの呟きに、スフレは首肯した。
「はい。レグス殿下は、王子という身分を誇りに思う一方で、寄せられる期待や堅苦しい慣習を煩わしいと感じ、破滅願望に似たものをお持ちでした。ゆえに、『無邪気な乙女との身分違いの恋』というシチュエーションをご用意しました。また、庇護欲を誘うような可愛らしい女性を好むようでしたので、小柄な私が担当しました」
「なっ!?」
ドンピシャで図星をつかれ、慌てるレグス。
確かにスフレに出会った瞬間にその容姿に目を奪われ、言葉を交わせば王子という立場を忘れられた。彼女と過ごす時間があまりにも心地良く、すぐに恋に落ちたのだから否定できなかった。
「嬉しい誤算というか……予定外だったのは、側近候補の皆様への試験です。本来は、それぞれに担当の女性を準備していたのですが、私一人で事が済んでしまい少々驚きました」
「「「…………!?」」」
「プロファイリングに基づくコンプレックスを突いたところ、簡単に篭絡できてしまいまして……。任務が順調と喜ぶべきか、心配すべきか……本当に悩みました」
そう言って溜息をつくスフレに、3人は絶句した。
ランバートは、騎士団長の息子として強さを求められることに疲れ、自らの弱さを認めて欲しかった。
ヘンリックは、宰相の息子として王家に忠誠を誓いながらも、自らの野心を持て余していた。
ロイスは、公爵家の嫡男として贅沢な暮らしを享受しながらも、刺激が少ない生活に飽いていた。
そんな彼らに、スフレは彼らのコンプレックスを肯定するように声をかけたのだ。
『剣だけが全てじゃないですよ? 例え弱くても、ランバート様は素敵です!』
『自分を責めないで、ヘンリック様。一緒に殿下に勝ちましょう!』
『ほら、こんなに楽しいことばかり! ロイス様の好きなことをしましょ?』
スフレの言葉に茫然自失する貴公子たち。その中で、直情的な性格ゆえに、いち早く我を取り戻したのは、怒り狂ったランバートだった。
「……剣だけが全てじゃないって! 弱くても俺のことが好きだって! 全て嘘だったのか!」
「はい、嘘です。私の言動の一切は、全て皆様に接近するための虚言に過ぎません。まあ、剣だけが全てではない、という部分は一般論としては事実かと思いますが」
「う、嘘だぁ! スフレは、そんなこと言わない! そんな風に喋らないっ! さてはお前は偽者だな!? 俺のスフレを返せっ!」
素気なく告げられたスフレの返答に、錯乱したランバートは激昂し、彼は彼女に殴りかかろうとする。
流石にまずいと見咎めた他の三人は慌てて、後ろから彼を押さえ込んで、何とかランバートを止めた。
「やめろ、ランバート!」
「ご令嬢に手を出すなど許されません」
「ランバート、落ち着けって」
「離せっ! 偽者め! 俺が斬ってやる!」
スフレは、大騒ぎする貴公子たちの様子を見て、ふむと頷いた。
「論より証拠とも申しますし、嘘だという証明をしましょう」
そう言うと、自分の桃色の髪を掴んでおもむろに引っ張った。桃色の髪はカツラで、中からは茶色のショートヘアーが出てくる。更に、喉元を指先で弄りながら、何度か咳払いをすると、事もなげに言った。
「これで、信じていただけるでしょうか?」
「「「「なっ!? 声が!?」」」」
スフレの声は、聞き慣れた可憐で愛嬌に溢れたものではなく、女性にしては低目の落ち着いた声色に変わっていたのだ。
「このとおり、姿や声を変えていました。皆様がスフレと認識する存在が偽りのものだったと、ご納得いただけましたでしょうか」
「「「「…………」」」」
絶句する周囲を見渡した後、何も言われないことを確認し、「疑義ありませんね」と念押ししたあと、スフレは淡々とした口調で話を進めた。
「概要については、ご理解いただけたと拝察しました。では、次に報告並びに講評をお伝えいたします」