食は万国(異世界)共通 - 02
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その間、なぜかは知らないが、ジーっと、まるで、蛇が獲物を狙っているかのような不気味さで、静かさで、気配を殺して(いや、殺していないが)、少し離れた場所からセシルのすることを監視しているかのようなのである。
別に、もらったローストハムを盗むつもりなどないのに、わざわざ、そんな厳しい目を向けて、セシルを監視しなくてもいいのに。
文句は上がって来るが、まずは、自分達の夕食が最優先だ。
下準備も終え、一番大きなフライパンを借りた。
現代で言っても、軽く30㎝は超える大きなフライパンだ。おまけに、鉄製でもあるから重い。
でも、さすが、大国の王宮の厨房である。フライパンだって、よく磨かれ、黒々とした輝きが失われていない。手入れも抜群である。
トースターマシーンのように、おもりのある蓋がないから、どうしようか。
木のまな板は大き過ぎて、フライパンには収まり切れない。
ちろっと、横を見ると、パンが入っていたバスケットだけである。
「イシュトール、皿を持ってきてくれません? 重しにします」
「わかりました」
自分達に出された皿は、パン皿ではなく食事用の皿なので、一応、食事を乗せる分の大きさはある。
その皿を使い、上からのおもしにすればいいだろう。
大きなフライパンの中には四つ分のトースティーが軽く入った。これなら、数度焼けば、すぐに食事にありつける。
あっ、ラッキー。
ほっこり、セシルも嬉しくなってしまう。
皿を引っ繰り返し、両手で下にあるパンを押し付けるようにして数分。
手も熱くなってくるが、まあ、背に腹は代えられない。
そして、引っ繰り返して、数分。
バターの溶ける匂いと、チーズが溶ける匂いが混ざって、空腹を刺激する。
ああ、お腹が空いて来た~。
香ばしい匂いが鼻を刺激し出して、イシュトールもユーリカも、セシルと全く同じ気持ちでいるようだ。
何度かフライパンでの作業を繰り返し、バスケットの中には、しっかりと焼き上がったトースティーの出来上がり。
最後は、さっと、薄切りにしておいたハムを焼き込み、晩御飯の出来上がりである。
「さあ、食べましょう」
「「はいっ」」
セシルはお腹が空いているので、パクッと、焼き立てのトースティーを口に入れて行く。
ほこほこと、チーズが熱く、それでも、バターのこんがりとした焦げ目がカリカリとおいしくて、薄切りにしたハムも塩味が絶妙である。
「ああ、おいしいですわ……」
「はい」
二人はハムのステーキを最初に食べていたが(やはり、お肉がないとねえ)、すぐにトースティーにも手を伸ばしていた。
三人が三人揃って、やっと、人心地着いた気分である。
でも――
さっきから、絡みつくような視線が強くて、未だに(張り付いて来るかのように)、しっかりとセシル達に向けられている。
「なにか問題ですか?」
仕方なく、セシルが向こうに立っているシェフに聞いてみた。
「え……? あっ、いえ……問題など、滅相も、ございません……。問題など、ありません……!」
では、問題がないのに、一体、何が問題でセシル達をものすごい勢いで凝視していると言うのか。
「……あの、食事の方は、どうで、ございましょうか……?」
「ええ、問題ありません。ハムとチーズももらいましたしね。その好意は感謝しています」
「あ、ありがとう、ございます……。お気に召されたようで、よろしゅう、ございました……」
「問題があるのなら、さっさと、言ってくれませんか?」
あまりに率直に、あまりにダイレクトに言われてしまって、パっと顔を上げたシェフが絶句している。
「食べている間中、観察(いえ、監視) されると、居心地が悪いものですから」
「あっ、それは、申し訳ありませんでした……。どうか、お許し、ください……」
「いえ、怒っているのではないので。何か用ですか?」
「それは……あの……」
そして、そこで、言葉に詰まっているのか、どうしようか……と迷っている様子のシェフだ。
「なんでしょう?」
「あの……そちらの、お料理は……?」
「トースティーです」
「そのような……お料理は、お聞きしたことがなかったものですから……。どのようなものであるのかと……」
トースティーなんて、誰でも簡単に作れる一般家庭料理に近い。
王宮だから、そんな下賤なものは料理しないのかしら?
「マスター」
こそっと、イシュトールが聞こえるか聞こえないかの小声で、セシルに話しかけて来た。
「トースティーは、マスターが発案なさったものですよ」
その事実をすっかり忘れていたセシルだった。
トースティーなど、あまりに簡単に作れる手軽な料理なので、セシルが領地で広めたことだった。
今では、トースターマシーンがなくても、どの家庭でも簡単に作っているものだ。
孤児院だって、日曜日に全員でトースティーを作って焼いているんだ、とも聞いている。
アツアツのチーズがとろけていて、ほくほく、サクサク、カリカリと、簡単で節約料理なのに、味も感触も最高だと、大好評なほどだ。
でも、この時代(世界) では、トースティーは存在していなかった。
「良ければ、一ついかがですか?」
「えっ?! よろしいのですかっ?!」
「ええ、どうぞ」
バスケットの中にはたくさんのパンが入っているし、一つくらいシェフにあげても、全く問題もないセシル達だ。
「では、ご好意に甘えさえていただきまして、食させていただきます。ありがとうございます」
まるで、禁じられた食事を手にするかのような大仰しさで、頭を下げ、両手を出してトースティーを受け取るシェフを前に、セシルも呆気に取られている。
今は、あまり、その行動を深く質問しないほうがいいだろう……。
シェフは両手の中にあるトースティーを見下ろし、その感触を確かめている。硬さも確かめ、焼き目も確かめる。
食事の批評会ではないので、トースティーごときに、鷹の目のような厳しい審美眼を向けないで欲しいですわ……。
少々、顔を引きつらせているセシルの心境など知らず、意を決したかのように、シェフが一口トースティーを口に運んだ。
読んでいただきありがとうございました。
Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)
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