* かわいい弟 *
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シリーズ: Part1
場所: 王都のヘルバート伯爵家タウンハウス
時: 国王陛下の面会を終えて
「姉上、お邪魔してもよろしいですか?」
先程までの、家族揃って“婚約解消お祝い会”もどき、盛大な宴を終えたセシルは自室に戻って来ていた。
「いいですよ」
ドアが開くと、弟のシリルが顔を出した。
「旅の準備でお忙しかったですか?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。ほとんど準備することはありませんから」
セシルがベルバート伯爵領を発ちコトレアに向かう時は、いつも最低限の荷物しか持ち歩いていない。
携帯食に水、数日分の着替えに、護身道具程度だ。
貴族のご令嬢の移動となると、一日にされる何回もの着替えやら、夜着に下着、普段着に、お飾りやら化粧道具一式、その他諸々と、ものすごい量の荷物が詰め込められる。
移動用の馬車の天井やら、後ろの荷物置き場、果てには、荷台用の荷馬車まで用意されることは常だ。
その点、セシルと言えば、移動用の速度を重視しているだけに、余計で無駄なものは一切持ち歩かない。
昔は、そのことで、侍女のオルガからよくお小言(文句) を言われたものだったが、自分のバックパックで担げるもの、馬に乗せられるもの、それ以外の余分は一切持ち歩かないセシルだった。
だから、明日、コトレアに向け出発しようとも、ほとんど旅支度を済ませる必要がないセシルだ。
セシルに勧められて、シリルはセシルの向かいの長椅子に腰を下ろした。
「どうしました、シリル?」
「明日は出立の準備などで忙しく、きちんと挨拶ができないかと思いまして、姉上のお部屋に寄らせてもらいました」
「そうですか。私も、コトレアに戻る前に、シリルにきちんとお礼を言いたかったので、丁度良かったですわ」
「私にお礼ですか? 私は大したことはしていませんよ」
「そんなことはありませんよ」
実は、セシルの婚約が無理矢理決められて、セシルが婚約解消を決意したその時から、父親であるリチャードソンのサポートだけではなく、目の前の弟であるシリルの助力もあったからこそ、セシルは念願の婚約解消を成し遂げることができたのだ。
まだ幼いシリルであったのに、セシルが多忙を極めている為、ほとんどのコミュニケーションや伝達・連絡は、シリルが担ってくれていたのだ。
コトレアから一緒に連れてきたフィロを筆頭に、残りの子供達の面倒もシリルが面倒を看てくれて、不自由がないか、いじめられていないか、無理をしていないか、セシルに代わりシリルが定期的に子供達の様子を確認してくれていたのだ。
そして、ヘルバート伯爵に雇われている使用の傭兵達からの連絡や報告も、シリルがセシルの代わりに引き受けてくれて、あまり一か所に留まっていないセシルの為に、しっかりと情報収集の仕事を引き受けてくれていた。
(こんなに幼いのに、なんて、しっかりした弟なのかしらぁ……)
なんて、セシルだって何度も感動してしまったほどだ。
文句も言わず、いつも、姉であるセシルの言うことを聞いて、しっかりと仕事をこなしていくシリルには、セシルだって感謝だけでは言い切れないほどの感謝をしている。
そうやって、セシル不在の場でもセシルが心配せずに、細々とした仕事を担ってくれる家族がいて、信頼のできる仲間がいて、セシルはどんなに救われたことだろうか。
自分の意思でもなんでもなく、いきなり、異世界に飛ばされて(前世なのか現世なのか)、右も左も判らないような場所で、仲間もいなく、無理難題な課題だけが目前にあった中でも、唯一、セシルに憩いの場を与えてくれたのは、他でもないこの弟のシリルだ。
「おねーさま!」
この世界に“転生”してしまった事実にショックを受けているセシルの前で、天使のように愛らしい弟のシリルは、いつも、にこにこと愛らしい微笑みを浮かべながら、セシルの元に寄って来ていた。
セシルとシリルは面影がよく似ている姉弟だ、と言われることがよくあるように、金髪がかってはいるが、シリルの髪の毛も珍しい銀髪、そして深い藍の瞳。くりくりとした大きな瞳を持つシリルは、セシルにそっくりだと言われていた。
天使のように愛らしく、小さな手が動いて自分の説明をしているシリル。サラサラと耳元をかする銀髪に、柔らかそうなほっぺた、くりくりと表情豊かな大きな瞳が可愛くて、
(まぁ……、なんて可愛い弟なのかしらぁ……!)
なんて、ついつい、セシルも自分に抱き着いてくるシリルを見下ろしながら、ほんわかな気分に浸っていたものだ。
そして、セシルもシリルがかわいくて、毎回、理由はなくても、しっかりシリルを抱きしめてしまっていたほどだ。
むにむにと、つい、シリルのほっぺたを触ってみても、シリルは怒りもせず、セシルに遊んでもらっていると勘違いしたまま、また、にこにこと嬉しそうな微笑みを投げてくれる。
その純粋で明るい笑顔を見ているだけで、異世界に慣れずにただただ荒んでいくセシルの心をどんなに癒してくれたことだろうか。
読んでいただきありがとうございました。
Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)
Semoga ureueng ngon nikmat episodena