Е.г 思いはそれぞれ - 02
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「向こうの調整は、どうなのですか?」
「一応、問題なく進んでいるらしい」
第三騎士団の自分の執務室で、ギルバートが手紙に目を落とし、その頬が緩んでいる。
“氷の副団長”やら“鉄仮面”の異名を持つギルバートの威厳は、一体、どこへやら。
「それで?」
「なにがだ?」
「嬉しいでしょう? 喜んでいらっしゃるでしょう?」
「当然だ」
正式な婚約が決まり、来年には結婚することが決まっても、それまでは、いつでもどこでも会える距離ではない。
婚約の儀を済ませてからは、こうやって、手紙のやり取りも増えるようになったが、手紙だけでは、実際に会える嬉しさと比較にもならない。
「ほら、自慢なさっていいですよ」
「お前は、そんなに暇なのか?」
「いえいえ。多忙を極めていましてね。それでも、仕える主の日々の感情の機微とて見逃さず、これでも、できる限り最適な環境を作ろうと、多大に努力しておりましてねえ。ですから、今、主がどのような心理状態でいらっしゃるのか確認するのも、私の仕事でして」
そんな仕事をしているなど、聞いたこともない。そんな仕事があるなどとも、聞いたことはない。
「ボイマレの引き継ぎは、ほぼ終えたそうだ。今の所、ノーウッド王国が派遣してきた技師達がいるから、コトレアの領地から、労働力の提供をする必要がない、と」
「なるほど」
「それから、婚儀のウェディングドレスの宝石や宝飾は、カー・サルヴァソンが請け負うことになったそうだ」
「おや? 確か――王宮御用達のハトレン宝石商が、領地に向かったと思ったのですがね」
「ハトレン宝石商は、婚儀の後の披露宴で使用する宝飾を請け負ったらしい」
「二つの宝石商ですか? それはまた」
「どうやら、私が贈ったネックレスを基本として、ウェディングドレスを合わせる意向で、全員一致したらしい」
「おやおや」
道理で、ギルバートがご機嫌なはずだ。自分の贈ったネックレスを、婚儀のメインの宝飾としてつけてもらえる事実に、相当、ご機嫌なようだ。
カー・サルヴァソンを紹介したのは、クリストフである。実際に、質問――尋問なみの――を受けていたのは、ギルバートだ。
それから、カー・サルヴァソンが、一体、なにを思い、ネックレスを創作したのか、その過程は全く不明である。
だから、出来上がりのネックレスを夜会で目にしたクリストフも、さすがに、感嘆めいた溜息をこぼしていたのは覚えている。
あれは、確かに、王国内でも二つとして並ぶものがない逸品、と称賛されるほどの出来栄えだった。
だが、ギルバートは、それだけで喜んでいたのではない。
セシルの手紙からは、カー・サルヴァソンが、王国一とも名を馳せる宝石彫刻師だった事実を知らず、それほどの素晴らしい技術の方から創ってもらったネックレスに恐縮してしまいそうで、それから、ギルバートにもお礼が足りずとても申し訳なくて……と、セシルらしい律儀な謝罪とお礼が書かれていたのだ。
そんなことで、セシルが気後れする必要なんてないのに。
カー・サルヴァソンを紹介されて、仕事の依頼を引き受けてもらい、それでネックレスが出来上がった。
その過程は、ギルバートも知らないし、出来上がりが、ギルバートの予想以上の出来栄えで満足していたから、ギルバートだって、“王国一”とか、そういった名声については、あまり知らなかったのだ。
それで、“恒例”になりつつある、領地内観光を全員がして、全員が喜んでいたようなので、セシルも満足しているらしい。
もちろん、あの領地の観光を終えて、文句を言う者がいるはずもない事実を、ギルバートが一番によく知っている。
ギルバートは手紙の返答を書くのに、ペンを取り上げていた。
「いつ、お戻りになられるのですか?」
「来月半ばでは、と言っているが、厳しそうだな」
「そうですか。ですが、それ以上引き伸ばすと、少々、問題になってきますがね……」
なにしろ、新年の催し、式典を終えてすぐに、ギルバートの臣籍降下の式が執り行われる予定だ。
一月半ばを過ぎて、二月の初めには、婚儀である。
「最悪の場合は、毎日でも王国からの使者を飛ばすので、王宮で、領地の仕事の継続をしていただかなければならないのでは?」
うーん……と、ギルバートも考えどころである。
「まあ……、今月一杯は待つとして、その状況報告次第だな」
ギルバートから送られた返答の手紙を読みながら、セシルも、なんだか、微笑みを浮かべていた。
領地の観光を嫌いになる者はいませんね、と領地の良さを、セシル以上に熱く語ってくれている。
かと思いきや、セシルの体の心配をしてくれていて、今もまだ心配している様相が簡単に伺える。
無理をしないでください、といつもギルバートの気遣いが明らかで、優しさが明らかで――なんだか、本当に、セシルは、ギルバートからの愛情をたっぷりもらっているような気がする。
「月から舞い降りて来た女神のような女性――」
かあぁ……と、珍しく、セシルの頬が赤らんでいた。
まさか、そんな――恥ずかしいことを、あのギルバートが口にしていたなど、セシルだって思いもよらなかった。
第一印象は、いつも強く心に残っている、感じている一番強い印象だ、とカー・サルヴァソンが話していた。
一番強い印象――が、“女神”もどきの印象だったなんて……。
それを考えて、また少し、セシルの頬が紅く染まっていた。
読んでいただきありがとうございました。
Twitter: @pratvurst (aka Anastasia)
Waad ku mahadsantahay inaad aqrisay qoraalkaan